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Vol. 2

「浅草ロック座」元踊り子が語る「永井荷風」との綺譚

2026年5月1日


<span>「浅草ロック座」元踊り子が語る「永井荷風」との綺譚</span>
一度だけ撮った記念写真

 銀座のカフェーで働く奔放な女給を主人公に描いた小説『つゆのあとさき』、私娼街を舞台に作家と娼婦の出会いを描いた『濹東綺譚』など、耽美的な作風で一世を風靡した作家・永井荷風。戦後から1950年代にかけ、永井荷風が通い続けた「浅草ロック座」の元踊り子たちが、在りし日の「荷風先生」との思い出を語る。

※本稿は「週刊新潮」2009年5月21日号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。

長年続いた「浅草通い」

「先生が楽屋にくるときは、必ず手土産をもってきてくれました。夏場は決まって小倉アイスモナカ。寒くなってくると太鼓焼き。太鼓形の、人形焼風のお饅頭です。きっちり踊り子の人数分だけ買って、それが入った紙箱を“あいよ”と言って、手渡してくれた。まぁ飽きもせず、毎回同じものでしたが、当時私たち踊り子も17、18歳の小娘ですからキャッキャと喜んで頂いてましたけれど」

 半世紀前の荷風との情景を懐かしげに振り返るのは、当時、浅草ロック座「朝日市郎日舞ショー」の踊り子だったIさん(74)である。

「当時のロック座は木造3階建てで、1階が舞台、2階が私たち一座や芸人さんたちの楽屋、3階が洋舞の専属契約の踊り子の楽屋でした。楽屋といっても8畳ほどの部屋に裸電球が2、3個ぶら下がっているだけ。しかも、そこで10人近い踊り子が化粧や着替えをするのだから熱気が充満していた。だから、先生から頂いたアイスがとても美味しく感じられました」……

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