政治

「存立危機事態」と「日本の憲法論を支配する病」――中国がどこまでも日本を糾弾できてしまう背景

2025年12月5日


<span>「存立危機事態」と「日本の憲法論を支配する病」――中国がどこまでも日本を糾弾できてしまう背景</span>

「存立危機事態」という概念は、集団的自衛権の「一部解禁」を実現するために生み出された政治的妥協の産物だ。日本の安全保障政策において果たす重要な役割とはまた別に、国際社会からどう理解されるかは踏まえておく必要がある。端的に言えば、「存立危機事態」は国際法との関係も曖昧化された、日本の法律にしか存在しない「ガラパゴス」な概念だ。日本の安全保障法制度が抱えるこの閉塞は、一体どこから来ているのだろうか。

 高市早苗首相の国会における「台湾有事」発言に、中国が激しい反発を示した。高市首相の反中国の姿勢は従来から顕著だったが、それに対する中国の不信感も根深い。問題は長引くだろう。

 この混乱の背景には、双方の不信感に加えて、様々な問題がある。台湾をめぐる日中両国間の歴史的背景、台湾の国際法上の曖昧な地位、アメリカの戦略的曖昧性の今日的な運用体制、日本と中国の力関係の過去数十年での劇的な逆転に伴う両国民の心理、中国政府の高市政権の政策に対する警戒心、日本国内の高市支持者の鮮明な反中的な性格と解散選挙をにらんだ政局の動き、などだ。いずれも容易には解消されない問題ばかりである。
だが意外にも注目されていないのは、日本の平和安全法制における「存立危機事態」概念の特異な仕組みだ。高市首相の発言については、野党が誘導尋問をした、首相が軽率だった、などの当事者に焦点をあてる意見が多々ある。だが、それらは結局、安保法制にもとづく「存立危機事態」の認定が、非常に曖昧模糊とした議論にならざるをえないことに起因する。

 そもそも「存立危機事態」とは何なのか。

 ある意味で、問題の根幹は、「存立危機事態」という誰も簡単には説明することができない概念によって、日本の安全保障政策の枠組みが決まってしまっているところにある。
今回の騒動の根幹にあるのは、日本の安全保障政策の枠組みの脆弱さだ。したがって人が替わっても、世代をこえて、何度でも同じような問題が起こるだろう。……

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