経済・ビジネス

「大阪工業大」を経て経済同友会代表になった「山口明夫」日本IBM社長、知られざる半生

2026年5月25日


<span>「大阪工業大」を経て経済同友会代表になった「山口明夫」日本IBM社長、知られざる半生</span>

 経団連、日本商工会議所と並ぶ経済三団体の一角、「経済同友会」。そのトップを務めていたサントリーホールディングス(当時)の新浪剛史氏が突如としてその座を降りることになり、後任として白羽の矢が立ったのが、日本IBMの山口明夫社長(61)だった。代表幹事就任が報じられた昨年末、早速ご本人にお尋ねすると、意外なる経歴を明かしてくれた。

※「週刊新潮」2026年1月15日号【新・経済同友会代表幹事「山口明夫氏」に異例の出世について聞いた】掲載時の取材内容をもとに再構成したものです。

アルバイト漬け、成績不振の学生生活

 私の半生なんて、そんな真面目に聞いて記事にするような大層なものじゃないですよ。経済同友会の代表幹事なんか、やる玉ではないんですから。そういう器でもないし、能力もありませんし。いや、これは謙遜でもなんでもなくて、本心からそう思っているんです。「なんで私なんですか? 他にいるでしょう?」と。娘からも「パパみたいな人が代表になるなんて、世の中に勇気を与えている」と言われました。

 だから代表幹事のお話をいただいたとき、最初は断ったんですよ。でも、誰にも決まらないままでいるのは、組織としても良くないということで……。

 なぜ代表幹事に選ばれたか、それは私が一番聞きたいくらいですよ。たしかに副代表幹事経験者だから資格はあるけど、たとえば、卒業している大学(大阪工業大学工学部経営工学科)を見てもわかるでしょう?

 私はもともと、大学を出たら地元の和歌山に帰るつもりでいました。実家はミカンや米などを作る農家だったので、和歌山のメーカーにでも就職して、土日は実家の手伝いができればいいかな、くらいの感覚だったんです。地元のエリートたちは、東大に行く人もいれば、和歌山大学や関西大学などから県庁や一流企業に入る人もいました。でも、そうじゃない人は地元に戻るのが一般的だったんですよ。だから私も、卒業したらちゃんと和歌山に戻るつもりでしたし、親からもそう言われていました。……

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