<span>歴史にも仕事にも「謙虚さ」こそが必要である――塩野七生の「人間論」</span>
撮影 新潮社写真部

特集|カルチャー

Vol. 2

歴史にも仕事にも「謙虚さ」こそが必要である――塩野七生の「人間論」

2026年7月18日

 塩野七生さんは『ローマ人の物語』において、あまたの古代ローマの政治家をとりあげ、時に「悪帝」とされてきた人物を再評価し、また「賢帝」とされる為政者の時代に衰退がはじまったことを看破している。政治家、ひいては「人間」をどのように評価しているのだろうか。 (初出:『塩野七生「ローマ人の物語」スペシャル・ガイドブック』2007年5月刊)



――カエサルのことをもう少し聞かせてください。彼は情報センスが抜群で、先見性にすぐれた百戦錬磨の政治家でした。そのカエサルをしても、なぜ、暗殺の陰謀に気づかず殺されてしまったのでしょう。

塩野 陰謀を知ってたか知らなかったかというなら、彼は知っていたでしょう。権力を持てば、陰謀に無縁ではいられないと思ってたんじゃないの。強大な権力とは、それを持てば持つほど反対者が出てくるものですよ。我々みたいに持たなければ、そのような心配はしないだけの話。

――カエサルは、あの3月15日に、例えば、護衛を増やすとか、元老院会議にも行かないとか、策を講じることも出来たのに、やりませんでした。

塩野 それは、そんなことをしたら、カエサルではなくなってしまうからです。例えば、自動車を運転していたら事故に出会う、事故を起す、そういう可能性はゼロではないわけです。ただ、それを考え過ぎると、車には乗れない。自分がやろうとすることは全部やれなくなっちゃうということです。それからもう一つ、あることだけは自分には死んだって出来ないということもあるわけね。

――それでは、カエサルではない、ですね。

塩野 そうです。ただ、そういったことは、読者にあんまり説明しない方がいいんですよ。これは物書きの芸の一つだと思う。だって、私はカエサルではないんです。彼は、全部こうだったって、私がいちいち説明したら、つまんなくなるじゃないですか。

――だから最後も、「トーガの裾を身体に巻き付けながら倒れた」とだけ、簡単に記されたわけですね。

塩野 読者がいろいろ、ああじゃないだろうか、こうじゃないだろうかと思う。つまり、読者に考える余地を残す。日本の有識者の一番いけない点は、解説のし過ぎです。はっきり言うと、余韻を残さない。「ガリア戦記」なんてその面でも傑作ですね。あれを読むと、我々は一所懸命考えるわけですよ。だから私の本の場合と言ってくれても結構なんですが、彼女はこのように書いてるけど、この材料ならば、こういうこともあるんじゃなかったろうか?と別のことを考えてくれてもいい。それが、書物の面白さです。

――またそれによって、何度も読もうという。

塩野 年齢によって、あの時はそう思ってたけど、今もう1回読んでみたら、こう変わったとか、それでいいわけです。とは言っても、ここはカエサルの心の中に入ったほうがよい、と思う場合もありますが。

――カエサル以外で、塩野さんがもうちょっとこうすればいいんじゃないかと思った皇帝はいましたか?

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