2021年5月、筆者が暮らすエルサレム市は緊張に包まれていた。全ては小さな喧嘩から始まった。それがユダヤ人・アラブ人(パレスチナ人)の非難の応酬に、衝突に、そして全国に拡大した。また、ガザ地区から多数のロケット弾が連日発射されてエルサレムを含むイスラエル領内に多数飛来し死傷者がでており、それに対するイスラエル軍の報復でも民間人を含む多くの人が犠牲になっている。コロナ禍を抜けて訪れた平和も、ほんの束の間だった。
こうした状況について、日本の中山泰秀防衛副大臣はTwitterとその後の記者会見でイスラエル側を擁護する発言をし、それに対してインターネット上でも多くの反響が寄せられた。筆者も中山副大臣のTwitterと記者会見映像を見直したが、「現職の副大臣が言うべき話なのか」という議論を措けば、先に攻撃を仕掛けたのはパレスチナのイスラム原理主義組織ハマスであることや、米国がハマスをテロリスト指定しているとの指摘など、全体的に間違ったことを言っているとは思えない。一方で、それに対する反対意見の数々(例えば、国際法に違反するイスラエルを擁護するな、など)についても「まあ、当然そういう反応になるだろうな」と思う。
しかし、何かが決定的にずれている。これまでパレスチナ問題については、様々な人々が様々な形で論じてきたので、その全容を捉えるには力が足りない。本稿では、「パレスチナ問題のシンボル化」と「日本にとっての中東問題」という切り口に限って私見を述べたい。
パレスチナ支援は“コスパが良い”
もともと日本では、「抑圧されるパレスチナ人と、抑圧するイスラエル人」というトーンの報道が多い。今回の中山副大臣の発言に対する反発にも、底流にはこのトーンが窺える。しかし、現地で聞こえる声はそれほど一方的なものではない。今回のガザ空爆を踏まえて、私の親しいパレスチナ人とユダヤ人の友人に話を聞いてみた。……