日本復帰の大きな温度差
1972年5月15日。沖縄が日本に復帰したこの日は、大雨だった。午後、那覇市民会館では沖縄復帰記念式典が開催され、琉球政府行政主席から沖縄県知事(次の県知事選までの「みなす知事」)になった屋良朝苗が登壇してあいさつした。
これまで復帰に尽力してきた屋良は、「いい知れぬ感激とひとしおの感慨を覚えるものであります」と述べた。その一方で、そのトレードマークといわれた眉間の縦ジワをより深くしながら、次のような苦渋の思いを吐露した。
「しかし、沖縄県民のこれまでの要望と心情に照らして復帰の内容をみますと、必ずしも私どもの切なる願望が入れられたとはいえないことも事実であります。
そこには、米軍基地の態様の問題をはじめ、内蔵するいろいろな問題があり、これらを持ち込んで復帰したわけであります」……