2003年10月、85歳の元首相中曽根康弘はまったく不本意な形で政界を引退した。時の首相小泉純一郎に、自民党執行部との「終身比例代表1位」の約束を反故にされ、「政治的テロ」だと怒りながらも退かざるを得なかった。その日、私は中曽根の無念にも思いを馳せて、読売新聞紙上(同年10月28日付朝刊)で次のような「送別の辞」を贈った。
戦後を代表する首相を三人挙げろと言われれば、躊躇なく、吉田茂、佐藤榮作、中曽根康弘を挙げる。順序を付けよと求められれば、迷いなく中曽根、吉田、佐藤と答える。なぜか。……
政治
2022年6月5日
田中角栄の圧倒的な影響力のもとで発足し、当初は「田中曽根内閣」とも揶揄された中曽根康弘政権。しかし中曽根は、首相就任直後に日韓関係を劇的に改善させ、人事権を巧みに駆使して長期政権を築いた。「戦後政治の総決算」を掲げ、国鉄民営化を断行した権力者の哲学とは――。
2003年10月、85歳の元首相中曽根康弘はまったく不本意な形で政界を引退した。時の首相小泉純一郎に、自民党執行部との「終身比例代表1位」の約束を反故にされ、「政治的テロ」だと怒りながらも退かざるを得なかった。その日、私は中曽根の無念にも思いを馳せて、読売新聞紙上(同年10月28日付朝刊)で次のような「送別の辞」を贈った。
戦後を代表する首相を三人挙げろと言われれば、躊躇なく、吉田茂、佐藤榮作、中曽根康弘を挙げる。順序を付けよと求められれば、迷いなく中曽根、吉田、佐藤と答える。なぜか。……
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