2012年11月15日、習近平政権が誕生した。同月29日に「中国の夢」を打ちだし、12月31日には党建設と反腐敗を進める意図表明をした。翌年の1月22日には、ついに「中国の夢」の実現の前提として「反腐敗」を全面的にやると宣言した。しかも「トラもハエもたたく」と大見得を切り、江沢民を背景とする既得権益層に宣戦布告をしたのだ。これには筆者も驚いた。実績もバックも足りない習近平が、こんなに早く、これほど大きな目標を打ちだしてしまったからだ。
実は習近平は相当準備をしてきていたのだが(本欄『習近平は「党中央の核心」から「全党の核心」へ:「歴史決議」に仕込まれた権力集中への布石』参照)、あの当時、そこまでは見えなかった。習近平の動きは、それほど非現実的な「夢」に見えたのだ。それは胡錦濤、江沢民を超えて鄧小平と並ぶという、習近平の野心の現れと映った。そのころ北京で、「鄧小平と並ぶどころか、それを超え、毛沢東も超えたいと思っている」という「街の噂」を耳にしたが、筆者は一笑に付した。
それから10年。習近平は中国を大胆に変えようと試み、かなりの程度、成功したと言わざるを得ない。「中国の夢」は「中華民族の偉大な復興」となり、国家発展の方向性を決めた。習近平の政策は「習近平思想(習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想)」としてまとめられ、政治とイデオロギーをより重視する動きを強めた。中国共産党と政府のガバナンスを大きく変え、党のトップに権力を集中させ、「法治」という名の管理社会を作り上げた。人民解放軍は抜本的な改革を加えられ、より現代的な、戦える軍隊に変身中だ。
習近平は、このような「習近平思想」の中身をさらに充実させ、しっかりと根づかせ、2050年頃には、自分の理想を体現する「超大国中国」を実現させたいのだ。これが、10年前に中国共産党の指導者になったときの習近平の願望であったことが、今、証明されつつある。……