政治

ゴルバチョフ「新思考外交」の明暗――日独の格差はどこから来たか

2022年9月12日

ゴルバチョフの「新思考外交」というムーブメントは、そのピークにおいては想像を超える寛容さを持ち、そして急速に力を失った。東西統一という大事業に結びつけたドイツと、北方領土「ビザなし交流」を辛うじて引き出せただけの日本。この圧倒的な格差は、ソ連・ロシアとの交渉は政権初期に攻勢をかけてこそ意味があるという、“習性”の理解の相違から生じている。

ドイツが支えたゴルバチョフの晩年

 ミハイル・ゴルバチョフ旧ソ連大統領が8月30日にモスクワの病院で死去した後、一人娘のイリーナさんと2人の孫娘がドイツから慌ててモスクワを訪れた。3人はドイツに居住し、二重国籍とされる。イリーナさんは「ゴルバチョフ財団」のバイエルン支部長を務め、2人の孫娘もドイツで働いている。

 晩年のゴルバチョフは、財団の運営に苦慮しており、ドイツが官民挙げて資金援助していたようだ。ミュンヘンに近い湖畔の豪華別荘やベルリンの邸宅など不動産を持っていたが、ドイツが提供したとの噂もある。

 ゴルバチョフが統一ドイツ実現に果たした功績からすれば、安いものだろう。冷戦末期に巧みに動いたドイツが戦後処理を見事に完了したのに対し、日本政府・外務省は対ソ・対露外交に失敗し、北方領土問題は後退する一方だ。

ソ連保守派を押し切った欧州再編

 筆者はペレストロイカ(再編)がピークだった1988年からモスクワに記者として駐在したが、ゴルバチョフの「新思考外交」の最大の成果は欧州再編にあった。……

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