新しい医薬品の開発には10年以上かかる。この常識を打ち破ったのが新型コロナウイルス感染症をめぐる創薬である。重症化を防ぐ治療薬やワクチンが登場するまで1年も要していないのだ。
治療薬が速やかに出てきた事情はまだ理解できる。コロナ治療薬のほとんどは既存薬をそのまま転用または改良したものだからだ。既存薬なら安全性は一応担保されている。追加で確かめる必要があるのは基本的には有効性だけなので臨床試験が早く済む。
一方、米ファイザー・独ビオンテックによるコミナティや、米モデルナのスパイクバックスはいずれも新方式のワクチンで、実戦投入の前例がない。パンデミック初期、筆者が取材した何人かの免疫学者でワクチンがこんなに早く登場すると予想した人はいなかった。
わずか9カ月でのワクチン開発を成功させた当事者の一人ファイザーCEOがその舞台裏を語ったのが本書である。同社はパンデミック以前に成長の遅い部門を手放してスリム化し、巨大部門を分割し、独立性を高めていたという。大企業でありながら小回りのきく体制を整えていたわけだ。元祖ムーンショットのアポロ計画も、その前のマーキュリー計画、ジェミニ計画での経験やプロジェクト推進体制の洗練の過程を経てはじめて月面着陸を成功させた。まさに本書プロローグのタイトル通り「準備のない者に幸運は訪れない」わけだ。……