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18.0

「圧倒的指導者」に近づいた習近平は「鄧小平の老練」を手にできるか

2022年10月31日

習近平3期目は「鶴の一声」でものごとが決まっていくだろう。だが、危機感と綱紀粛正だけで固めた権力は脆く、その完全な確立は今後の執政の実績次第だ。「改革開放」の政策体系を整えながら、実践の中で鄧小平理論を確立して行った鄧小平の老練さと巧妙さが、特に経済に難問山積の新指導部には不可欠になる。

 10月に開催された中国共産党第20回党大会の結果は、中国共産党の政治が大きな転換を遂げつつあることをはっきりと示した。

 毛沢東時代(1949~76)の混迷を鄧小平が克服し、鄧小平時代(77~97)を築いた。鄧小平は、92年の南巡講話を経て改革開放政策を不動のものとし、奇跡の経済成長を実現した。鄧小平の政策を実施したのが江沢民(89~2002)と胡錦濤(02~12)であった。改革開放政策が定まり、統治の制度化が進んだ。筆者も含めて多くのチャイナ・ウオッチャーたちは、そういう形で出来上がった統治システムと、その背景にある権力構造や人事の仕組みをいわば与件として習近平政権を眺めてきた。

 しかし今次党大会は、参照されるべきは、その時代ではなく、毛沢東時代、鄧小平時代の政策形成と実施の手法であり、人事だ、ということを示した。その比較により習近平時代の特徴が浮かび上がってくる。中国政治のフェイズ(局面)が変わったのだ。習近平は、この意味で毛沢東、鄧小平に並んだといえる。自省をこめて言えば、習近平が毛沢東と鄧小平を超えようとしているという話しを耳にしてきたにもかかわらず、その本当の意味を、少なくとも筆者は、正確に理解できていなかった。

「思想」を確立した毛沢東が陥った錯覚

 毛沢東は、1935年の遵義会議まで党の掌握はできていなかった。ある意味で寄せ集め部隊であった共産党をほぼ完璧に自分の統制下に置けたのは、1942年から45年の「延安整風運動」の結果であった。毛沢東思想への全面的帰依を求め、党幹部の毛沢東への絶対的忠誠を求める政治運動であった。それは「毛に対する恭順のための儀式、批判と自己批判の繰り返しによる党員間の心理的分断とそれを利用した党員統制の道具」(石川禎浩『中国共産党、その百年』)でもあった。……

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