本年10月に第20回党大会が終わってから、まだ2カ月も経っていない。人事で圧倒的な強さを見せ、盤石の観があった第3期習近平政権は、来年3月の国務院総理の任命を待たずに、早くも政策の修正を迫られている。ゼロ・コロナ政策の修正であり、先月の首脳会談でみせた習近平の「微笑外交」である。この背景に何があるのであろうか。
天安門事件当時より遥かに大きな社会の不満
昨年まで中国のゼロ・コロナ政策は、習近平政権ひいては共産党統治の成功例として大々的に喧伝された。実際に国民の多くも支持していた。風向きが変わったのは本年3月の上海ロックダウン以降である。かたくなに厳しい政策を続けたことも問題だったが、末端の実施組織の弱体ぶりも露呈された。仕事が急増し、人は増えたが質は低下し、住民との摩擦も増えた。オミクロン株の感染地域も広がり始め、河南省鄭州市の鴻海工場で発生した従業員の大量離職など、社会不安が急速に拡大し始めた。
そこで11月11日、政府は20項目の措置を打ち出した。「動的ゼロ・コロナ政策」の堅持といいつつも、緩和の方向を示し、経済の復興にも力点を置くものであった。だが基本は両論併記であり、コロナと経済の矛盾はそのまま現場を処理する地方政府に丸投げされた。その地方政府に対し、「屋上屋を架す」対応や、ロックダウンさえすればそれで良いとする傾向、逆に無責任な、緩和すればそれで良いという対応をしてはいけないと、厳しく注意喚起している。地方政府からすれば、中央で解決できない矛盾を現場でどう解決しろというのか! 責任だけは背負い込めというのか! というのが本音だろう。
こういう背景の中で、11月24日、新疆ウイグル自治区のウルムチにおいて、マンション火災で10人が死亡した事件が起こった。この悲劇はゼロ・コロナ政策により引き起こされたと多くの中国人が思った。ゼロ・コロナ政策に対し長い間、蓄積されてきた不満が、このウルムチの事件を契機に、一気に燃え上がったのだ。筆者がかねがね指摘してきた、「義」という価値観 、つまり不正義が行われたことに対する民衆の怒りと連帯が引き金となったと見て良い。……