政治

防衛装備品の海外移転が切り開く「情報共有パートナー連盟」という新戦略

2023年5月22日


<span>防衛装備品の海外移転が切り開く「情報共有パートナー連盟」という新戦略</span>

「武器輸出三原則等」などの規制は、国内政治の文脈の中で生まれ、日本の安全保障政策においては自らの手を縛る役割を担ってきた。新たな「国家安全保障戦略」では、海外への装備移転が、日本にとって望ましい安全保障環境の創出のための重要な政策手段となることが明示された。東南アジアに配備される日本製の警戒管制レーダー等を通した「情報共有パートナー連盟」が構築されれば、その具体例となるだろう。

 

 ロシアのウクライナ侵攻から既に1年3カ月近くになるが、自民・公明両党は、やっと防衛装備品の海外移転に関する「防衛装備移転三原則」を見直す協議を始めた。殺傷能力のある装備品の輸出を初めて認めるかどうかが焦点となるだろう。昨年12月、政府が閣議決定した「国家安全保障戦略」には、防衛装備品の海外移転は、侵略や武力による威嚇を受けている国への重要な支援になるとして、移転のルールを厳格に定めた「防衛装備移転三原則」の運用指針などを見直す方針を示している。自民党内には、速やかに一定の結論を出すべきだという意見がある一方、公明党内には慎重な意見も根強い。海外への装備移転は、紛争を助長するおそれがあり、慎重にすべきという考えを反映しているのだろう。

武器輸出制限に至るまでの国内政治史

 そもそも、なぜこれまで防衛装備品の海外移転を厳格に管理してきたのか。その原則を打ち出したのは、1967年、佐藤栄作内閣の国会答弁によってである。その答弁において、共産圏諸国、国連決議による禁輸国、国際紛争当事国等には武器の輸出を認めないという原則を明確にした。言い換えれば、この時点では、それ以外の地域については武器の輸出を認めていた。

 その後、1976年に三木武夫内閣で、さらに制限地域を拡大した原則を打ち出し、「憲法及び外国為替及び外国貿易管理法の精神にのっとり、『武器』の輸出を慎むものとする」として、実質的に全地域向けに武器輸出は禁止となった。この佐藤内閣、三木内閣の原則を総称して、「武器輸出三原則等」と言われる。……

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