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Vol. 5

「外務省機密文書漏洩事件」で有罪判決を受けた女性事務官の手記「私の告白」【プレイバック「週刊新潮」が報じた事件戦後史】

2026年5月1日


<span>「外務省機密文書漏洩事件」で有罪判決を受けた女性事務官の手記「私の告白」【プレイバック「週刊新潮」が報じた事件戦後史】</span>
東京地裁へ入るH氏を擁護する人々(1972年10月)

 世間を賑わす「大事件」について、詳しく取材を進めていくと、時に世の常識では測ることのできない、人間の「本質」が浮かび上がることがある――。1971年、外務省に勤める女性事務官・H氏が、毎日新聞・政治部の西山記者と不倫関係に陥り、「沖縄返還協定」を巡る機密文書を漏洩するという不祥事が起きた。いわゆる「西山事件」である。有罪判決を受けたH氏は出所後、「週刊新潮」誌上に手記を寄せ、西山記者に機密文書を手渡すに至った経緯を明かすが、その内容はあまりに“赤裸々”で――。

※本稿は『あのスキャンダルの裏側――「週刊新潮」が報じた事件戦後史』の一部を抜粋/編集したものです。「週刊新潮」1974年2月7日号に掲載された特集が元となっており、掲載時、女性事務官を実名で報道していましたが、本稿ではプライバシーに配慮し匿名にしました。また、年齢や肩書は当時のものです。

13000文字に及ぶ「手記」の内容

「知る権利」という不毛な論争を巻き起こした「外務省機密文書漏洩事件」に、判決が下った。毎日新聞の西山太吉記者と外務省のH元事務官が逮捕されて、ほぼ二年。Hさんに「情を通じて」外交文書を手に入れたといわれる西山さんは、この間、“法廷闘争”に専念し、Hさんはひたすら沈黙を守った。しかし今、判決に際して、夫との離婚をも決意したHさんがはじめて“表現の権利”を行使した。題して「私の告白」――。

 <事件のあらまし>

 いわゆる外務省機密文書漏洩事件とは、昭和四十六年六月に調印された沖縄返還協定に絡んで、“黒い疑惑”があるとして、毎日新聞の西山太吉記者が、当時外務大臣の愛知揆一氏と駐日大使のマイヤー氏の会談内容と思われるものを紙上に発表したもの。その際にはさしたる反響が得られなかったが、その後、国会で、社会党の横路孝弘代議士が質問。そのとき、この秘密文書のコピーを横路代議士が外務省関係者に見せたことから、機密漏洩が明るみに出た。……

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