※本稿は「週刊新潮」2005年3月17日号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書は当時のものです。
静岡・沼津の山からも見えた「東京の赤い空」
2005年3月9日、故林家三平師匠の夫人である海老名香葉子さん(71)は、台東区の上野公園内に慰霊の碑を建立した。当時、同公園には数えきれないほどの身元不明遺体が収容されていたのである。
日本の敗戦が濃厚となった1945(昭和20)年3月10日午前零時過ぎ、グアム、サイパン、テニアンの各飛行場から飛び立った334機のB-29は、闇に紛れて低空飛行で東京湾から都内に侵入。2時間半にわたって膨大な数の焼夷弾を投下し、深川、本所、浅草など(現在の江東、墨田、台東区)、人口密集地帯の下町を完膚なきまでに焼き尽くした。
海老名さんの実家は本所区(現在の墨田区本所)にあり、釣竿屋を営んでいたが、この空襲により、祖母と両親、2人の兄と弟の6人を一度に失った。……