社会

A級資料680枚で明らかになった「小野田少尉」の救出作戦

2026年5月1日


<span>A級資料680枚で明らかになった「小野田少尉」の救出作戦</span>
晩年の小野田寛郎さん

 情報将校として第二次世界大戦に従軍し、終戦後もフィリピン・ルバング島の山間部に留まり続けた小野田寛郎元少尉。1974年3月12日に帰国を果たす小野田氏だが、その裏では「救出作戦」に奔走する日本政府の姿があった。「週刊新潮」は2016年、情報公開請求の制度を用い、外務省からのべ680枚に及ぶ「小野田さん救出に関する資料」を入手した。そこに書かれていた救出作戦の全容とは――?

※本稿は「週刊新潮」別冊【「輝ける20世紀」探訪(2016年刊行)】に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書は当時のものです。

在マニラ日本大使館からの衝撃的な知らせ

 1973年11月、第四次中東戦争に端を発する「オイル・ショック」の影響で、「紙がなくなる」という噂が流れ、全国の店頭からきれいさっぱりトイレットペーパーが消えてしまった。

 そんな折、フィリピンの在マニラ日本大使館から外務省に「ルバング島で小野田元少尉(当時52)らしき人物を発見した」との衝撃的なニュースが届いた。

 まず、それまでの経緯を簡単に振り返っておく。……

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