<span>「いま僕は子どもに近づいている」――絵を描き続けた未来にあるもの【ドキュメント横尾忠則】</span>

「いま僕は子どもに近づいている」――絵を描き続けた未来にあるもの【ドキュメント横尾忠則】

2026年5月19日

かくして誕生した「唯一無二のトートバッグ」だが、稀代の画家である横尾忠則さんが描くイメージはどこからやってくるのか。長年の創作活動の中で、そのスタイルが変遷していったのはなぜなのか。「僕はアスリートのようにずっと絵を描いてきた」「新しいものなんてつくる必要ない」――。90歳を迎え 、横尾さんはどこに向かうのか。その「言葉」から創作の秘密を探る。

「この絵はもともとバッグになるために描かれた」

 新潮QUEの年間契約者向けトートバッグにデザインされた横尾忠則さんによる絵画作品が、無意識のうちに描かれたということはよくわかった。それでもなお不思議なのは、そこに魅惑的な画面が実際に生み出され、存在していること。

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 この絵のイメージは、いったいどこから来たのか。横尾さんにその旨を尋ねると、これも即答いただけた。

「アカシックレコードから来たんでしょう」

 アカシックレコードとは、宇宙誕生時から遥か未来までのあらゆる事象が記録されたデータバンクが、どこかに存在するという思想だ。

「僕の考えや内側からは来ていませんから、アカシックレコードから来ていると思うほうが自然です。僕の外部の世界に、ありとあらゆる言葉とかイメージがすでに蔓延しているわけです。太古の時代からこの世はイメージだらけなので、僕はそこらにあるイメージをつかんできて描くだけです。だから考えなくたっていくらでも絵は描けるのです」

 自分の身の回りにイメージが浮遊しており、それらをつかみ放題だというのは、なんと愉しい世界観。横尾さんには、浮遊するそれらイメージが、見えているのだろうか。

「いえ見えません。見えないけれど、気分を開放しているからつかめるし、それを描きたくなる。無責任に手当たり次第つかみ取っているだけですから、描くイメージが何になるかはよくわからないし、もちろん正解なんてありません。気分で描けばいいというのはそういうことです」

 ときに横尾さんの心中では、絵画作品をバッグの絵柄にしてしまうことに対して抵抗はないのだろうか。精魂込めて生み出した作品をグッズ化することに、拒否反応を示すアーティストも珍しくはないものだが。

「気になりませんよ。バッグにこの絵はすごく似合っているではないですか。この絵はもともとバッグになるために描かれたようにも思えてきます。ものごとは、自然にしてすべてを受け入れていれば、なるようになります。ただし、目的を定めて自分の欲望を達成しようとすると、なるようにならないことも出てくる。なるようになるためには、いつも受け身でいる必要がありますね。

 皆さんは能動的に努力しなきゃいけないと小さいころから教えられてきたでしょうから、その縛りに悩んだり苦しんだりするわけですが、そんな必死にならなくても、すでにあらゆるものはアカシックレコードとして存在し、そこらじゅうに浮遊しています。それらをつかまえて借りてしまえばいいんです。自分で新しいものをつくろうと躍起になる必要はありません。

 そのあたりに浮かんでいるものをつかんで絵を描いているからでしょう、僕の作風はどんどん変わっていってしまいます。日本の美術界でいちばんスタイルがないアーティストといえば、僕ということになるんじゃないでしょうか(笑)」

「絵を描くのがやっぱりいちばん難しい」

 いくらスタイルが変わっても、観る側としてはひと目で「横尾忠則の絵だ」とわかる。これはなぜなのか。

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