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Vol. 2

防衛力頼りの外務省で再来する「大衆受けする外交」の時代

2026年7月2日


<span>防衛力頼りの外務省で再来する「大衆受けする外交」の時代</span>

 戦争を回避するためには外交と軍事力の両面の努力が欠かせない。アメリカやロシアなどの大国が軍事力をもって幅を利かせている今、頼みの綱になるのは外交だ。だが、元防衛官僚の柳澤協二氏は、世界的に外交が「大衆受け」を狙って形骸化しつつあると指摘する。中身を失った外交と強大な軍事力の応酬の狭間にあって、日本はどのようにして生き延びていくべきなのか。

戦争を防ぐためには外交と軍事の両面が必要

 外交と防衛、つまり外交と軍事の最大の存在意義は、戦争を避けることにあります。その観点から言えば、相手に対して軍事力によって抵抗の意志を見せることと、外交によって対話することの両面が絶対に必要で、双方を使いながら相手の心理に働きかけることで戦争を回避しなければなりません。

 軍事力によって相手に働きかけることが「抑止」にあたりますが、この抑止には相手に対し「もしこちらに危害を及ぼせば、あなたもただでは済みませんよ」と示す懲罰的抑止と、「あなたが何かをしようとしてもそれは無意味で、目的は達成できませんよ」と示す拒否的抑止があります。

 他方、外交にも様々な段階があり、「あなたのためになりませんよ」という「説得(persuade)」、思いとどまらせるための「諫止(dissuade)」、さらに戦争をしなければこれだけいいことがあると伝える「報酬(return)」などがあります。また、あなたの大事なものは破壊しないので軍事行動に及ぶのは避けてもらいたいとする「安心供与(assurance)」もあります。北朝鮮に対する体制維持の保証などがこれにあたります。

 つまり「軍事的な手段に出ると、あなたが痛い目に遭いますよ」という懲罰的抑止から報酬を提案することに至るまで、アプローチのしかたは違ってもこれらは「戦争を防ぐ」という目的の中で一続きになっているわけです。

 相手が戦争に及ぶ動機を一つずつ潰していくために、あらゆる段階、あらゆる角度から働きかけていく。その際には軍事も外交も両面使って、ある時には強気で押したり、またある時にはなだめすかしたりと、様々な手練手管を使う必要があるのです。

軍事力による抑止だけでは不十分な理由

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