連載|経済・ビジネス

「民主主義」という言葉が覆い隠してきた「自由主義」の危機

2026年7月7日


<span>「民主主義」という言葉が覆い隠してきた「自由主義」の危機</span>

世界的な株高の裏で進む先進各国の債務残高の膨張や、トランプ政権に象徴されるポピュリズム政治や自国第一主義の台頭。混迷を深める時代において、グローバルで自由な経済活動を標榜してきた「自由主義」にも変化が訪れつつあるという。慶應義塾大学・経済学部教授(マクロ経済、経済思想)小林慶一郎氏による連載「自由と未来の経済学」の第1回。

危機なのは民主主義ではなく自由主義

 この連載では経済や政策に関する時事的なトピックを題材にしつつ、自由と未来について考えていく。とは言っても書く方も折々の論題に応じて自由気ままに書かせていただくので予想外の方向に飛んで行ったらどうぞご寛恕を。出発点として、現在の世界が直面する危機を「自由主義の危機」と捉えたい。

 トランプ政権の誕生、ブレクジット、欧州でのポピュリスト政党の興隆など、ここ10年の世界の政治経済の混乱を指して「民主主義の危機」と言われることが多いが、この言い方は本質からずれている。実際に危機に陥っているのは民主主義そのものではなく、民主主義=民主政という政治体制に支えられ、またそれを支えている「自由主義」という思想への信認である。こうした捉え方のほうが、読者にとっても分かりやすいのではないだろうか。

 自由主義とは、グローバルで自由な経済活動、すなわち市場経済=資本主義経済を基本的に肯定する思想と言い換えても良い。民主主義というコンセプトに比べると、市場や資本主義を嫌う人は多いため、問題の本質が実は自由主義(市場や資本主義をどう考えるのかという問題)にあるにも拘わらず、世論の反発を招かないようあえてそのことを覆い隠し、「民主主義の危機」という言葉が使われるのである。

 歴史上、自由主義は、市場の自由の推進(政府介入の拒絶)と政府介入の受容の間で大きく揺れ動いてきた。今回の危機もその「揺れ」の1つとして理解すると分かりやすい。

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