「物数をばはや初心に譲りて、やすきところを少な少なと色へてせしかども、花やいや増しに見えしなり」
世阿弥が風姿花伝で父、観阿弥が52歳で亡くなる直前に、駿河国の浅間神社に奉納した申楽能を評した言葉である。ほとんどの演目を若い者に譲り、身体に無理のないところを控えめに工夫をこらしていたが、その演じる花はなお盛りにみえたということだ。風姿花伝の年来稽古条々は7歳に始まり、この五十有余で結ばれる。
そして現代、戦後から今日にかけて私たち日本人の寿命は80年を超えるまでになった。老後の舞台をどのように演じるか、五十有余以降の年来の稽古を模索している。室町時代と違うところは若い者が少数となっているところであろうか。体力もいかばかりか充実しているかもしれない。しかし、五十有余のくだりは重要な示唆を含んでいると思われる。若い者とは一段違ったレイヤから自身の演目を見出し、そこを無理せず演じきる。若者と同じ尺度で自身を捉えないところに円熟の魅力が垣間見えるのだろう。
老年期の価値を模索する思索について、哲学者・中村雄二郎が監修した書籍『老年発見』の中で哲人たちが思考を巡らせていた。1993年のことである。その冒頭で中村は老年問題を考えるときに、近代の壮年男性モデルといえるような効率重視の線形の価値観であり評価尺度から脱却し、ノンリニアやマルチリニアな価値観の獲得、あるいは復権を唱えていた。そこから30年の時を経て、ようやく我が国は高齢者就労の活性化に向けて具体的な手を打ち始めているように感じる。……