古今東西、ステークホルダー(株主や従業員、取引先など利害関係者)に莫大な富をもたらした名経営者は「神」と崇められ、周辺から生まれる数々の「神話」が公私に亘る彼らの疵を覆い隠してきた。ヘンリー・フォード(1863〜1947年)は熱烈な反ユダヤ主義者であったし、松下幸之助(1894〜1989年)の宗教紛いの企業統治は評論家の大宅壮一から「ナショナル教」と揶揄されたが、歴史上の人物となることによって、こうした過去の悪評は浄化されていった。
ジャック・ウェルチ(1935〜2020年)を歴史上の人物と呼ぶには他界してまだ日が浅いかもしれない。1892年創業、発明王トマス・エジソン所縁の米ゼネラル・エレクトリック(GE)を復活・飛躍させた“中興の祖”であり、1999年に米経済誌フォーチュンが「20世紀最高の経営者」との栄誉を与えた。しかし、米国企業の代名詞でもあったそのGEはこの5年間で一気に凋落、会社は解体に追い込まれた。収益至上主義で黄金期を築いたウェルチの経営は“強欲資本主義”の典型とされ、今では高株価の代償として数十万人の雇用を蒸発させ「アメリカ企業社会の精神を破壊した張本人」といった汚名を着せられている(デービッド・ジェレス著「The Man Who Broke Capitalism〈資本主義を壊した男〉」2022年、邦訳未刊)。
「年俸1万500ドルのエンジニア」で入社
経営者としてのウェルチの軌跡は栄光に満ちていた。両親ともにアイルランド移民の子で、その一人っ子として米東部マサチューセッツ州ピーポディで生まれた。父はボストン&メイン鉄道の車掌で決して裕福な家庭ではなかったが、ウェルチの青春期は1950年代、戦後アメリカの良き時代で雇用は安定。労働者階級の子弟でも大学進学を阻まれる経済的障害はなかった。
地元のセーラム高校を卒業後、ダートマス大学やコロンビア大学など東部の名門大学を志望したが、合格通知が来たのはマサチューセッツ州立大学。エリート校ではなかったものの、専攻した化学工学部で恩師に恵まれ、大好きな実験に没頭したウェルチは学部の最優秀卒業生に選ばれる。「もしMIT(マサチューセッツ工科大学)に行っていたら、群れの中に埋もれて終わったかもしれない」と後に振り返っている。大学院はイリノイ大学に進み、修士号と博士号を取得。一時は学者の道を目指したが、在学中に最初の妻・キャロリンと出会い、結婚を機に就職活動に転じる。採用面接でゴーサインが出たのはエクソンとGEの大企業2社。選んだのは新しいプラスチック素材の開発に取り組んでいたGEだった。……