中堅私立高の生徒数が急増中
私立高校の「授業料実質無償化」は一見、「経済的負担の軽減」や「選択肢の拡大」といったポジティブな効果をもたらすように見える。しかし、塾講師という立場で長年にわたり生徒や保護者、そして学校の姿を見てきた東田氏が懸念するのは、「学力形成」を担う教育現場の質の低下と、その結果が及ぼす「社会全体への悪影響」だ。
「東京では一足早く、2024年度から所得制限なしで私立高の授業料実質無償化が始まりました。その都内でまず目立つのは、偏差値40台の中堅やそれ以下の都立高校で定員割れが一気に増えたことです」(東田高志氏、以下同)
代わりに生徒数が増えているのが中堅の私立高校である。
「内進生のいる中高一貫校ではない、高校単独校の中堅校のデータを見てみましょう。例えば杉並学院高校では、無償化の始まる前の高校3年生の生徒数が343人なのに対し、高校1年生は458人。同様に駒場学園高校では、高校3年生の生徒数が259人なのに対し、高校1年生は496人にのぼります」
単純比較でそれぞれ約1.3倍、約1.9倍と急激な伸びを示している。
「生徒数が急増した私立高校では大学進学の“指定校推薦”が取りにくくなるという現象が起きています。ある生徒の保護者は“こんなに生徒数が増えると分かっていたら、都立高校に進学させたほうが推薦を取りやすくて良かったかもしれない”と話していました」
もっとも、受験する生徒にとって利点もある。
「経済的な理由で私立を躊躇していた層や、仮に都立を不合格になっても授業料負担増の心配がなくなったことで“不合格覚悟で上の都立にチャレンジできる”ようになったことです」
しかし、実際に生徒の受験動向を見ていて感じるのは、“別の感覚”だというのだ。
大学受験で顕在化する「学力差」
「私は私立高校に人気が集まっているのは“受験勉強を早くやめられるから”という理由が大きいと受け止めています。仮に都立高校を受験する場合、2月の中旬頃まで受験勉強を継続しなければなりませんが、私立高校を単願する場合は、11月の定期テストで内申点が確定した時点で、事実上の合格確約が出てしまいます。遊び盛りの中学生にとって、早々に受験勉強のプレッシャーから解放されるのは非常に魅力的です。特に偏差値50〜55以下の層では、“早く勉強をやめられるから私立を選ぶ”という傾向が非常に高まっていると感じます」
「スポーツ推薦」でも好ましくない傾向が見受けられる。
「私立高校では定員確保のためにスポーツ推薦を乱発している現状があります。ある中学1年生は悪びれることなく、“どうせスポーツ推薦で高校に行くから定期テストの勉強はしなくていいんだ”と話していました。スポーツ推薦の場合、中学3年の夏には進路が決まるため、私立単願の生徒よりもさらに勉強しなくなります」
ルール上では中学3年生の夏の時点では「合格」を出すことはできないが、大学生の就活の「内々定」と同じく、有名無実化しているという。
「こうした状況から、本来なら2月まで勉強して学力を保っていた生徒たちが、全く勉強しなくなっています」
一部の難関校や進学校はそもそも学力の高い生徒しか入れないが、その一方で中堅やそれ以下の偏差値の高校を受ける受験者にとって、私立高無償化が「勉強回避のスキーム」として機能してしまっているのである。