社会

屋根瓦の老舗「坪井利三郎商店」社長が語る「和食カフェ」開業の狙い【ウェルビーイング探訪記】

2026年5月28日


<span>屋根瓦の老舗「坪井利三郎商店」社長が語る「和食カフェ」開業の狙い【ウェルビーイング探訪記】</span>
(株)坪井利三郎商店代表取締役社長の坪井健一郎氏

 屋根瓦の施工で業界有数の坪井利三郎商店(本社・名古屋市)は、正社員70人の半分が瓦葺きの専門職人である。神社仏閣も手掛ける匠の技を持った職人に、安定的な職場環境を提供するため、同社が実施するウェルビーイングを紹介しよう。

服部 御社は瓦の世界では知る人ぞ知る存在と伺っています。瓦といっても製造業や販売業などいろいろあるかと思いますが、御社はどの部分を担っていらっしゃるのでしょうか。

坪井 弊社は屋根瓦の施工を担当しています。専門の職人を社員として抱えているのが特徴で、社員70人のうちの半分が瓦葺きの職人です。

服部 御社は大変古い会社になりますが、坪井健一郎社長で何代目になられるのですか。

坪井 明治35(1902)年の創業で、今年で125年目。2023年に私が社長に就任して5代目になります。会社の所在地は昔、「瓦町」という町名だったのですが、もともとは徳川家康が名古屋城を作る時に、ここで瓦を焼かせていたことが町名の由来だといわれています。

服部 愛知にはかつて瓦を焼く製造所がたくさんありましたが、現在ではどのくらい残っているのでしょう。

坪井 昔は、100軒はあったかもしれません。瓦は平成元年には全国で16億枚生産されていましたが、現在では10分の1以下に減って1億数千万枚ほどです。愛知の瓦は三州瓦といわれるものですが、残っているトンネル窯(トンネル状になっている大型の窯)メーカーは4社ほど。それでも瓦の生産では、愛知が全国の8割以上を占め、残りを淡路島と島根県などで供給しています。

服部 どこの会社でも大工さんなどの職人さんは、仕事のたびに共同作業のような形で集めて、終わったら解散ですよね。それを御社は社員として全員抱えているというのはどういう理由からでしょうか。

坪井 匠の技を持った職人に安定的な職場環境を提供し、安心して働いてもらいたいからです。今の世の中は職人不足でなかなか人手が集まりませんが、おかげ様で弊社ではこの問題はありません。それを考えれば時代の先を読んでいたのか、時代の最先端を走っていたのかもしれません。

服部 御社の場合は、一般の家庭の瓦だけではなくて、神社仏閣も数多く手掛けておられますね。しかも国宝級の建物も請け負っているわけですから、文化財を守っていくのも重要な役割になっています。

坪井 弊社では、地元でいえば名古屋城本丸御殿や大須観音、豊川稲荷等の瓦ですね。長くそういう仕事をいただけているのは、特殊な瓦葺きの技術を持った職人を抱えているからだと思います。とはいえ、神社仏閣だけでなく、時代に合わせて工場や住宅の屋根など、いろんな仕事をバランスよくやってきたからこそ、長く会社が続いてきたと思います。やはり神社仏閣の技術だけでずっと仕事があるわけではありません。

服部 そうなんですか。

坪井 ひとつのお寺さんの話をいただいて、檀家さんを説得してとなると、実際に工事が始まるまで5年から10年という年月がかかりますので、長くお付き合いをしていかないといけません。その間に、やはり安定した仕事として住宅の新築やリフォームの仕事をベースに持ちながらやっていかなければ、伝統技術は守れません。とにかく多角的に事業を広げるというのが代々の社長の考え方ですし、うちの社員全員も同じ思いを持っています。

服部 そのお考えは何代目ぐらいからお持ちなんですか。

坪井 会社の名称にもなっている2代目の利三郎の考え方が凄かったと思います。面白い話がありまして、私の父親で4代目社長の坪井進悟(現会長)が小学生の頃、学校で親の職業の調査があった。それでおじいちゃんの利三郎に“うちは瓦屋さんでしょ”と聞いたらしいんです。すると利三郎は、自身が毎日現場に出ている職人でしたが、“うちは「商社」だ”と言ったそうです。今ならそうですが、当時から商社的な発想があった人だったのですね。3代目の光男がうちの会社に入った時には、利三郎は“お前は職人をやるな”と言ったそうです。お前の仕事は経営で、職人仕事をやりすぎると、幅が広がらないというわけです。

服部 だから健一郎さんは大学卒業後、商社に就職されたのですね。

坪井 総合商社の双日に3年間勤めてから、うちに入社しました。伝統技術を残すためには、それだけをやっていたのでは厳しくなるので、商社的な発想で事業を広げながらやっていこうと考えたからです。

伝統的な職人の技を残す

服部 ご自身が社長になられた時に、まず取り組まれたことは何ですか。

坪井 少しずつ事業を広げていく中で、瓦だけでなく屋根の板金工事や工務店のように大工仕事をやりました。また、長い目で見ると太陽光などのエネルギー関連が重要で、電気工事が非常に軸となってくるのではないかとも考えました。住宅だけでなく工場などに事業を拡大しながら、2年前に工場の電気工事を社業とする会社さんとのご縁があって、M&Aでグループ企業に加わってもらいました。

服部 他にも多角化しているのですか。

坪井 弊社では戸建て住宅の外構・エクステリアの設計施工や庭園・各種植栽メンテナンスの仕事を10年ほど前からやっていましたが、その事業では職人さんが不足しているという事情があったので、これも事業譲渡という形でグループに加わっていただきました。

服部 お庭周りのお仕事でも瓦を使うのですか。

坪井 和風のお庭を作りたいという時に瓦を使うことがあります。昔からお寺では瓦を小端立て(花壇などに瓦を立てて並べる)にしたり敷き瓦として使うことはけっこうありました。

服部 私たちが思っている以上に、瓦の利用方法にはバリエーションがあるんですね。結局そうした事業の拡張は職人さんをいかに大切にして残すかという幸福の原点につながる。それが今で言うウェルビーイングだということはお気づきになっていたのでしょうか。

坪井 これまでSDGsやウェルビーイングをあまり意識したことはないのですが、職人の職場環境を良くするとか、職人不足をどうするかというところで、結局は職人を社員として大事にしていくことだと考えました。その方針で手掛けてきたことが、結果的に言われてみるとそうなっていたのだろうと思います。

服部 “うちは商社だ”と言った2代目の頃からウェルビーイングの素地はあったのかもしれませんね。一般的な商社だと仕事をする時に職人さんを集め、終わったら解散になりますが。

坪井 そういうやり方ですと、いかに安く職人を雇って利益を取るかという話になってしまいます。しかし、我々は伝統的な職人の技を残すために仕事を取りに行くぞという方針なので、彼らの待遇を良くして、生活を安定させることに重きを置いています。そうすることで、結果的には会社の業績の向上にも反映される。そういう意味では、一定数の職人を社員で抱えていることが、会社の文化として強くありますね。

服部 それですと後進の育成にもつながりますね。

坪井 伝統技術、特に神社仏閣を手掛けるのは確かな技術を持った社員でなければできませんし、その技術を絶やすわけにはいきません。正直、住宅や太陽光の工事をしている方が会社も儲かります。神社仏閣は手間も時間もかかる厳しい世界ですので、きちんとした仕事をしてお金をいただくためには、社員と一緒になってリスクを背負わないと伝統技術は残りません。

服部 神社仏閣を手掛けていることは、職人さんにとってのプライドにつながっているのではないですか。

坪井 職人は、神社仏閣をやっていることに非常にプライドを持っていますが、会社全体の利益でいうと5%くらいしかありません。この仕事を残していくために、うちは事業を広げていくしかないので、M&Aや新規事業にチャレンジする。少し業種は変わりますが、2年前には飲食事業を手掛けるようにもなりました。

和食のカフェを開店

服部 瓦屋さんが飲食事業を経営するという発想はなかなかないですよね。

坪井 長久手(ながくて)市ですが、小牧長久手の戦いの古戦場で、20年ほど前には愛知万博が開かれ、今はジブリパークで賑わっている町に和食のカフェを開店しました。大通りに面した良い場所に、60年前からうちの職人の拠点になっている倉庫と作業場がありまして、地域の人が集まる店を作りたいと思ったんです。今の長久手は住民の平均年齢が日本一低い市でもあるんですよ。お店の建物は瓦をモチーフにしたデザインで、料理も燻し瓦のように燻製にしたものをお出ししています。お店に来た若い人に瓦に興味を持ってもらって、採用につなげたいという目的もありました。

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