政治

ヴァンス氏がカトリックに「改宗」した街シンシナティから読み解く「アパラチア」の宗教観

2026年7月4日


<span>ヴァンス氏がカトリックに「改宗」した街シンシナティから読み解く「アパラチア」の宗教観</span>
Gage Skidmore

 アメリカの宗教右派に注目が集まる中、J・D・ヴァンス副大統領が新著『聖体拝領』を出版した。プロテスタント家庭に生まれながら、35歳で意識的にカトリックに改宗したヴァンス氏が、なぜいま自らの信仰について語るのか。ヴァンスが改宗したシンシナティ、そして生まれ育ったオハイオ州の宗教的風土を探る。(翻訳=五十嵐杏奈)

 J・D・ヴァンス米副大統領が著書『ヒルビリー・エレジー』(邦訳:光文社刊)を出版し、世間の注目を浴びるようになってから10年。今年6月には、新たな回想録『Communion: Finding My Way Back to Faith(聖体拝領――信仰心を取り戻すまで)』を出版した。本書は信仰心を見失った人々に向けた一種の自己啓発書だと説明しており、「自らの歩みを共有することで、カトリックやプロテスタントをはじめ、神との和解を求めるすべての人々の助けになればと思う」と発表している。

 本書は、ヴァンス氏が自身の信仰の旅路について赤裸々に語った作品であるという。

 ヴァンス氏は、2019年にオハイオ州シンシナティでカトリック教に改宗した。だがこれは『ヒルビリー・エレジー』で描いたような、幼少期に触れたキリスト教福音派とは大きく異なる。

 私は米国中西部とアパラチア地方の宗教史を研究しており、モザイクのように様々な宗教が米国で共存している様子は限りなく興味深いと感じている。ヴァンス氏がプロテスタントから無神論者へ、そしてカトリックへとなった道のり、さらにヒンドゥー教徒の女性と結婚したことは、まさしく米国の宗教的な多様性を象徴している。

 私自身、ヴァンス氏の故郷であるオハイオ州ミドルタウンで教鞭を執ったことがある。その経験から言えるのは、中西部の社会は「ラストベルト(さびた工業地帯)」に対するネガティブなイメージで見られがちであるものの、実際は他の地域と同じくらい動的であり、変化に富んでいるということだ。信仰のあり方も例外ではない。

 ヴァンス氏が堅信式(編集部注:信仰を深めて自立した信徒となるために受ける儀式)を受けたドミニコ会修道院のあるシンシナティ近郊は、まさしくその一例である。シンシナティ近郊には、米国中部におけるカトリック教の歴史がよく映し出されている。ここでは100年以上にわたり、反カトリック主義が政治や文化の中で強い影響力を持っていたが、最終的に宗教的多元主義が打ち勝つことが幾度となくあったのだ。

スコッツ・アイリッシュ移民の遺産

 ヴァンス氏は『ヒルビリー・エレジー』の中で「私の人生を理解するには、私が自分自身を『スコッツ・アイリッシュのヒルビリーだ』と心の底から思っていることを、知っておく必要がある」と記している。

 スコッツ・アイリッシュ(スコットランド系アイルランド人)は歴史の中で大きな役割を果たしてきた。彼らは元々スコットランド出身のプロテスタントであり、17世紀にアイルランドへ移住した集団である。英国王室による植民地化の一環として送り込まれた彼らは、占領先で大多数を占めていたカトリック系住民から怒りを買った。

 その後、多くが大西洋を渡り、北米の植民地の辺境地帯を開拓していった。彼らの文化は独特な影響を及ぼし、アパラチア地方の「ヒルビリー文化」が形作られていった。

 こうした開拓民の信仰心は、敬虔なプロテスタント信仰の原点となった。その象徴がオハイオ川流域で起きた大覚醒運動である。19世紀初頭には辺境地帯で「信仰の再生」が起こり、旅する牧師が野外で熱心に神の恩寵を説き、彼らの説教は群衆の感情をかき立てた(編集部注:既成教会の形式化への反動として広がった。「信仰復興運動」ともいう)。

「女王都市」シンシナティ

 米国では昔から、都市部と田舎との流動性が高かった。1830年までには、オハイオ州の人口約100万人のうち4分の1が州の南西部に集中していた。その中心にあったのがシンシナティであり、米国の領土が西部へ拡大する中クイーン・シティ(女王都市)」と呼ばれていた(編集部注:まだ開拓の途上だったアメリカにおいて、シンシナティはまだ「西部」であり、「西部の女王」とも呼ばれた)。

 当時、シンシナティにはドイツやアイルランドからのカトリック移民が多く集まった一方、反カトリック主義の拡散や反移民主義的な政治も盛んであった。1835年には著名な福音派指導者ライマン・ビーチャーが「移民が洪水のように押し寄せている」と述べ、バチカンやカトリック学校が米国にとって脅威であると主張した。

 こうした偏見が広がる中、プロテスタントのアイルランド系アメリカ人は、より古くから根を下ろしてきた自分たちを新たに移住してきたカトリック移民と区別するため、「スコッツ・アイリッシュ」という呼び名を積極的に用いるようになった。多くのカトリック系移民は飢饉や迫害から逃れてきており、貧しくて教育水準が低く、迷信深い人々として蔑視されていたのである。

 しかし、不安や嫌悪感が煽られ、1855年の民族暴動のような暴力的な衝突が度々起こったにもかかわらず、実際には宗派の間で意外にも合理的な関係性が保たれていた。背景にあったのは、街づくりに共同参画しているという意識である。たとえばプロテスタント系の住民は、市内初のカトリック教会の建設を歓迎した。また、自分たちの子どもをカトリック系学校へ通わせることも珍しくなかった。裕福な慈善家などを含め、カトリックへ改宗する人も少なくなかった

 1837年には、シンシナティのカトリック司教ジョン・バプティスト・パーセルとプロテスタント牧師アレクサンダー・キャンベルが、カトリック信仰のメリットをめぐって数日間にわたる公開討論を行った。この討論では両者が勝利を主張したが し、討論の議事録を出版したことで得た収益はカトリック系慈善団体とプロテスタント系慈善団体で等分された。

変わりゆくアメリカ

 19世紀半ば、シンシナティのカトリック人口は依然として少数派だったものの、単独ではどのプロテスタント教派をも上回る規模となり、街の文化の中心的な存在となっていた。

 当時、カトリック信徒は米国人口のわずか5%に過ぎなかった。しかし南欧や東欧からの移民流入によって、その割合は20世紀初頭までに3倍に増加する。

 それでも他の宗教に対する偏見と同様、反カトリック感情は20世紀に入っても続いた。たとえば1924年移民法では、ユダヤ人やカトリック信徒が多い他国の地域からの移民が制限された。かつてドイツ系やアイルランド系移民に向けられた敵意は、イタリア系やロシア系移民へ向けられるようになったのである。

 アパラチア地方の政治においても、カトリック教に対する偏見は大きな影響を及ぼし続けた。

 1960年の民主党予備選挙を前に、ジョン・F・ケネディはウェストバージニア州で精力的に選挙活動を行った。ハーバード大学出身のカトリック教徒である彼にとって、ウェストバージニア州は厳しい選区とみられていたが、選挙戦略上きわめて重要だった。アパラチア山脈の山々が広がるウェストバージニア州で勝利したことは、「カトリック信徒は大統領になれない」という神話を打ち砕いたのである。

聖体拝領への道

 ヴァンス氏が育ち、そしてカトリックへ改宗した地であるオハイオ州南部は、典型的な中西部地域である。しかしその文化は、20世紀半ばに職を求めてアパラチア地方から移住してきた労働者の影響を強く受けている。ヴァンス氏の家族もその一員だった。

 ヴァンス氏は2020年、カトリック系の雑誌『Lamp』に寄稿したエッセイの中で、若い頃の自分はカトリック教に否定的な印象を抱いていたと振り返っている。たとえば、「カトリック教会は聖書の権威を認めていない」と考えていたという。

 青年として、ヴァンス青年氏は信仰心を失っていった。しかし、イェール大学ロースクール在学中に好奇心が芽生え、カトリック教に惹かれるようになった。インスピレーションとなったのは、シリコンバレーの実業家ピーター・ティールやフランスの思想家ルネ・ジラール、さらには4世紀の神学者アウグスティヌスを含むさまざまな思想家である。

 ヴァンス氏はエッセイの中で「祖母は、自分の孫がカトリック信徒になることをどう思っただろうかと、よく考える」と記している。ヴァンス氏の祖母はキリスト教を信仰しつつも、組織化された宗教に対しては懐疑的であった。

 現在、米国成人の5人に1人はカトリック信徒であり、さらに9%が「文化的カトリック」を自認している。かつてカトリック教に向けられていた偏見は過去のものとなった。米最高裁判所の判事9人のうち6人がカトリック信徒であり、連邦議会でもカトリック信徒が28%を占める

 実際、ヴァンス氏が改宗したことは、米国カトリックの文化的保守派と、1970年代に台頭した保守派プロテスタントが主導してきた宗教的右派が歩み寄っていることを象徴している。

 だが最近になって、この関係性に亀裂が生じている。一因は、米国出身のローマ教皇レオ14世が、イラン攻撃を含む米国の対外政策に懐疑的な姿勢を示していることだ。亀裂を象徴するかのように、皮肉にもヴァンス氏はレオ14世を激しく非難した。レオ14世が「イエスの弟子たちは、かつて剣を振るい、今日では爆弾を落とす者たちの側に立つことはない」と発言した際、ヴァンス氏は「神学について意見を述べるなら、慎重であるべきだ」と非難した。

 こうした緊張感がどのように展開していくのかは、今後注目すべき点となるだろう。

(初出:Cincinnati, where Vance converted, gives a glimpse of Catholicism’s history in America’s heartland

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