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中国社会の中核をなす「義」とはいかなる価値観か

2021年6月8日


<span>中国社会の中核をなす「義」とはいかなる価値観か</span>
どんな統治者も中国人の伝統的価値観を滅ぼすことはできなかった ©︎humphery/Shutterstock.com

多民族が同居し、飢饉で多数の死者を出してきた中国では、人々はインナーサークルを重視し他人も政府も信用しない。ただし、そのしたたかさがひとたび「義」により糾合されれば、権力の屋台骨はたちまち揺らぐ。共産党は新型コロナへの対応を誤り、まさにこの恐怖を垣間見た。

   前回は、私の理解する中国共産党と国民との関係について語り、中国政治における国民の持つ影響力の仕組みについて説明した。その「国民」が、またわれわれと違うのである。その国民と、国民が作り上げる社会のことを理解しないと、中国における党と国民との関係、党内におけるものの決まり方といったものの真相に近づくことはできない。共産党に統治されているとされる国民ないし人民とはどういう人たちなのであろうか。今回は少し踏み込んで解説してみよう。

   結論を先取りすれば、これがまた、並大抵のものではないのだ。中国の現場に踏み込むことにより、習近平が自分の意のままに中国を統治することの難しさが垣間見えるであろう。その中国の内政が、今度は中国の外交姿勢を決める。中国の国際的イメージを決定づける対外姿勢のあり方も、実は内政の命ずるところでもあるのだ。

   中国共産党に統治されている「国民(人民)」を語ろうとすると、正直言って、まとめるのは容易ではない。だが、ある程度のイメージをつかまないと中国の統治の実態はつかめない。そこで私の経験を踏まえた中国人論、中国社会論を共有していただくことにする。そこから見えてくる「国民」は、実にたくましく、したたかに生き抜く人たちの群像なのだ。

飢饉で河南省から陝西省に移った習近平の曾祖父

   はっきりしていることは、日本「国民」の連想で中国「国民」を考えると間違うということだ。もちろん日中両国とも伝統的価値観を共有しており、その意味で近い。しかも日本人と中国人の外見は、良く似ている。だが外見が似ていることにだまされるな、という警句もある。中身は外国人だと思え、というのだ。このことも正しい。……

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