下西美和 佐土原人形ますや七代目。1979年生まれ。六代目阪本兼次氏・由美子氏に師事。2018年10月に佐土原人形店ますや、佐土原人形製作所七代目を名乗ることを許される。2019年4月調印式にて全てを受け継ぐ。佐土原人形の制作や歴史の調査、同定作業、地域の学校との連携に携わる。
京文化と朝鮮文化の影響
徳永 佐土原人形と会社の歴史を教えて下さい。
下西 佐土原(さどわら)は宮崎県の宮崎市北部にある街で、江戸時代は佐土原藩三万石の城下町でした。佐土原藩主・島津以久(もちひさ)が京都で亡くなり、菩提寺が京都にあったこともあり、佐土原と京都との間には深いつながりがあったそうです。その名残から、京都のように碁盤の目状に通りがあります。大阪方面との船の行き来があったことで、文化の流入も多かったためか、佐土原歌舞伎が生まれるなど、人の暮らしに文化がとても近い場所です。
土人形づくりが盛んになったのは大蔵永常の『広益国産考』の影響が大きいとされます。同書は、農家の副業、農閑期に収入を補うための指南書のようなものでした。この書物の中で京都の伏見人形の制作の様子が絵や図を使って紹介されています。実際に佐土原の人形師が本を手にしていたかどうかはわかりませんが、伏見人形が佐土原の人々の目に触れていたのではないかと私は考えています。……