※本稿は「デイリー新潮」で2024年8月9日に配信された記事を再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。
蔵元を救った起死回生の商品
文学作品の『百年の孤独』と、麦焼酎の「百年の孤独」。命名は偶然の一致なのだろうか――。黒木本店に取材を申し込むと、同社の会長直々にその事情を語ってくれた。
「百年の孤独は、1985年に黒木本店の創業100周年を記念し、私が企画した商品なんです」
そう話してくれたのは、黒木本店の会長で現在は宮崎県児湯郡「高鍋町」の町長も務める黒木敏之氏(70)だ。……
「当時、会社の経営状況は厳しく、このままでは4代続いた蔵元が私の代で潰えてしまうかも知れない、という考えが頭をよぎるほどでした。その時、起死回生を狙って考案したのが、『百年の孤独』なのです。当時はまだ樽で熟成させる焼酎は珍しかった。我ながらかなりチャレンジングな企画でした」(黒木氏、以下同)
狙いは見事に的中。百年の孤独は大ヒットし、以来約40年のロングセラー商品に。今では黒木本店を代表する銘酒として認知されている。
「もし百年の孤独が生まれていなければ、今の黒木本店はなかったかも知れませんね」
ところで、なぜ「百年の孤独」というネーミングに至ったのか――?
「それは、私が寺山修司のファンだからです。ガルシア・マルケスが『百年の孤独』でノーベル文学賞を受賞したのが1982年でした。寺山修司は自身の監督作品として、1984年に『百年の孤独』を映画化し“さらば箱舟”として発表していますが、小説と同名のタイトルをつけることは許されなかった。そこで、私なりの寺山修司へのオマージュと、創業100周年、さらに“貯蔵酒”のテイストを感じさせる商品名として“百年の孤独”の商標登録を取得したのです」
もちろん、文学青年だった黒木氏も、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』を愛読していた。
「当時、私は30歳ぐらい。その頃、文学好きだと言うなら“寺山修司やガルシア・マルケスを語れて当たりまえ”という風潮がありました。私も若い時分、本気でシナリオライターになろうと思っていた時期があった。映画や音楽、そして文学には特別な思い入れがありますね」