デパートの役割はモノを売るだけではない
服部 百貨店といいますと、私は一流ホテルと同じようにサービス業の最高峰だと思っております。そういう意味では、一般の企業よりもお客様や従業員の幸せ感といいますか、ウェルビーイングに一番近いかなと思います。実際、御社が今取り組んでおられる施策は、どういうきっかけで始められたのでしょうか。
宗森 当社J・フロントリテイリンググループ(大丸松坂屋百貨店、パルコなど)では、2021年からスタートした前中期経営計画で「Well-Being Life」の実現を初めて掲げました。この背景にはコロナ禍での人びとの価値観の変化があります。モノだけの充足感ではなく、個人の身体や心の健康、あるいは自己実現や社会貢献の在り方を含め、主観的な幸福に対する関心が高まったと実感しました。
服部 世の中が大きく変わるきっかけでしたね。
宗森 これまで我々はリアルな店舗を基軸として営業を続けてきましたが、コロナ禍で店舗の休業を余儀なくされました。お客様自身はお店に来て買い物を楽しむ以外のところに、気持ちが向いていった時期だったと思うんです。そこの転換点を、今後、事業の中でどう生かしていくべきか。リアルな店舗でのお買い物だけではなく、お客様に幸福感を味わってもらえることを何かできないかと考えました。また、お客様や従業員の安全・安心な環境づくりの大切さ、人と人、地域とのコミュニケーションの重要性を再認識する出来事でもありました。事業の在り方を考え直す中で議論した結果、ウェルビーイングという解にたどり着いたわけです。
服部 具体的には何を?
宗森 日常の在り方が見直された21年に、お客様に生活の彩りと、新たな顧客体験の創出を目指して、サブスクリプション型のファッションレンタルサービス「AnotherADdress(アナザーアドレス)」を開始しました。“借りる”という新たな体験を提供し「装いを通じて、一人ひとりが自分らしく生き、自己実現を楽しめる社会」の実現に取り組んでいます。また、お客様の心の状態をサポートする「Calmin(カルミン)」というウェルネス体験サービスは「第4回ウェルビーイング・アワード2026」モノ・サービス部門のFINALISTを受賞しました。
服部 企業がウェルビーイングと言い出したのは最近のことで、当時はまだその言葉すらあまり知られていませんでした。御社には元々ウェルビーイングにつながる会社風土があったように思います。
宗森 当社には「先義後利」(義を先にして利を後にする)という社是があります。お客様やお取引先様、従業員のことを考え抜いて行動することで事業の発展(利益)はおのずと後からついてくる。大丸の創業は約300年前ですが、この言葉は従業員の意識の中にDNAとして浸透しており、会社のいろいろな取り組みの根っこにあります。お客様の満足や幸せのため、という社是の考え方は、ウェルビーイングにつながる概念だと思います。
服部 11年3月の東日本大震災の時、ちょうど御社が大丸東京店のリニューアルをされていた頃だったと思いますが、この時も「先義後利」の精神でしたね。
宗森 12年10月に増床オープンしましたが、私は担当としてまさに準備室におりました。
服部 華やかなこともできない状況の中でオープンされて、改めて私は、デパートの役割とはモノを売るだけではないと実感しました。
宗森 東京駅は東北への玄関口で、私共にとってお客様が非常に多い場所でもあります。私が当時関わった仕事で、食品売り場に東北のお店を作ったことがありますが、震災直後の5月に交渉に行きました。震災で工場がかなり厳しい状態になっているのを見ましてね。
服部 現場もご覧になっているんですね。
宗森 それで何か支援できないかということで、東京駅で新しいビジネスを始めませんかとお願いしました。
服部 あの時は東北の食材がいかに東京の台所を支えているかを本当に実感しましたね。特に宗森社長は食品畑から社長になられた方だから、余計にそれを実感されたのではないですか。
宗森 単純に寄り添うだけではなく、自分たちもそのリスクを取り、知恵を出す。そういうところが多分我々ならではだと思います。単純にショップを導入するだけではなく、要は売れるようにする、そのために知恵を出すということが大事だと思うんです。
服部 東京駅の大丸のお弁当は昔から有名ですが、今では皆さん新幹線に乗る前に地下のお弁当コーナーで買ってから乗るのが楽しみになっています。
宗森 東京駅には全国からお客様が来られるので、客数が多くメッセージも伝わりやすい。それだけにそういう取り組みはしっかりやるべきだと思っています。当時、松坂屋の上野店でも東北への玄関口ということで、復興支援のために同様の取り組みをいろいろやりました。
女性管理職比率は35%
服部 提供する側の社員の皆さんのウェルビーイングについてはどうお考えになりますか。
宗森 従業員の働き方という意味では、やはりお店の営業時間と定休日が重要です。これまでのような労働環境では限界が来ていると感じていました。もう一つは従業員のバックヤードや休憩室の在り方です。我々の仕事は人と人のつながりがあってこそですが、お客様にサービスを提供するのに従業員が疲れていたり、リラックスしていなければ仕事は成り立っていきません。ところが昔と比べてどんどん営業時間が長くなり、我々世代ですと定休日を知りません。
服部 24時間働けますかの世代ですね。
宗森 私はそういう時代の真っただ中に入社しましたが、その状況を変えていく必要があると思っていました。そこで25年からは年始の1月2日までを定休日として休業にしました。
服部 初売りの日が2日ではなく3日になったということですね。従業員にとってもお正月は家族と過ごしたい時間ですから。重要なウェルビーイングの一つですね。
宗森 従業員のウェルビーイングにつながる環境づくりは、お客様に対してパフォーマンスを発揮するための前提として重要だと思っています。
服部 私はデパートの裏側をリポートする仕事をしたことがありますが、大丸さんのバックヤードの洗面所が素晴らしかった。一面が鏡になっていて、女性はお化粧直しが必要ですが、大丸さんでは従業員の方がダーッと並んで、お化粧や歯磨きをされていました。