米中央情報局(CIA)ジョン・ラトクリフ長官が25日に行なったモスクワ訪問が話題を集めました。公になっている範囲では、CIA長官の訪ロはバイデン政権時代の2021年11月のウィリアム・バーンズ長官以来です。電撃訪問の背景が様々な観測を呼んでいます。
米アクシオスは関係筋からの情報として、ラトクリフ長官が米・ロ・ウクライナの三者首脳会談を提案したと報道。今年2月に米国がイラン攻撃を開始して以降、米国が仲介するロシアとウクライナの交渉は完全に停滞しました。ロシア・ウクライナ戦争の和平に向けて新たな動きが出ることもありえます。
ただし、ラトクリフ長官が会談したのは、情報機関のカウンターパートである対外情報局(SVR)のセルゲイ・ナルイシキン長官と連邦保安局(FSB)のアレクサンドル・ボルトニコフ長官です。CIA長官が外交政策の遂行に直接関与したならかなり異例のことですが、和平交渉が再起動するかはまだ不透明と言えるでしょう。
一方で、ロシアによるNATO[北大西洋条約機構]への攻撃が、このところ取沙汰されていたのも見逃せません。米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙は「[プーチン大統領は]サイバー攻撃から小規模な地上侵攻までさまざまなシナリオを想定した限定的攻撃により、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の結束を試す可能性がある」と米情報当局者の“新たな評価”を報じました。同紙は「ロシアが何らかの行動に出るとすれば、今秋から2029年の間と推定される」と伝えています(詳細、後出)。
実際、ルーマニアの領空にはロシアのドローンが繰り返し侵入しており、7月にはルーマニアのF-16戦闘機がこれを撃墜する事態が起きました。ポーランドでも同月末、ウクライナ国境から約80キロの地点にロシアのミサイルが着弾しました。こうした事案を、ロシアがNATOの反応を探る「グレーゾーン」の行動の一環ではないかとみる警戒が強まっています。ラトクリフ長官のモスクワ訪問は、ロシア側にNATO加盟国への攻撃を思いとどまらせる警告を発することも目的だったと、複数の米主要メディアが報じています。
今回はこのロシアによるNATO侵攻問題に加え、オーストラリアが築きつつある安全保障の「太平洋同盟」、米国の拡大抑止へのコミットのあり方をめぐる韓国の議論など、7本の記事・論考を選びました。皆様もぜひご一緒に。
[Opinion]Would Putin Really Tangle With NATO?【Editorial Board/Wall Street Journal/8月27日付】
U.S. Intel Finds Putin Could Test NATO's Resolve With Limited Incursion【Lara Seligman, Yoko Kubota/Wall Street Journal/8月6日付】
「もしプーチン氏が、たとえばバルト三国の一角から領土を奪うために電撃的な襲撃を仕掛けたらどうなるだろう? NATOは武力で応戦するだろうか? もし応戦しなければ、プーチン氏は、NATOの弱さを露呈させるという長年の目標を達成し、国内での政治的威信をある程度、取り戻すことができるだろう」
「彼はすでに、弱点を探りつつ実際の紛争には至らない、いわゆるグレーゾーン戦争によってNATOを試している。国際戦略研究所[英IISS]の7月の報告書によると、ロシアはシャャドー・シップ[『影の船団』の船舶]を用いてドイツ、フランス、英国、デンマークなどの欧州各地にドローンを飛ばしているという。サイバー攻撃も頻繁に行われており、海底ケーブルへの妨害工作も発生している。NATO側の対応は抗議や戦闘機の緊急発進程度にとどまっている」
「プーチン氏はまた、欧州が防衛費の増額によって再軍備を完了する前に、この同盟関係を崩せるかもしれないと考えているのかもしれない。彼は、危機的な状況下でトランプ氏が欧州への支援を拒否するだろうという賭けに出るつもりかもしれない。米国はこれまで、欧州から米軍を撤退させると脅し、欧州の問題は主に欧州自身の問題だと同盟国に説教してきた」
WSJ紙は8月27日付の社説「プーチンは本当にNATOと対立するのか?」で、自らがこれまで追いかけてきた欧州のNATO加盟国へのロシアによる攻撃の可能性を、あらためて検証している。
同紙のスクープ記事「プーチン氏、限定的侵攻でNATOの結束試す可能性=米情報当局」(ワシントン発8月6日付、日本版同8月7日付。引用は日本版による)はさきにこんなふうに報じていた(筆者は国家安全保障担当記者のララ・セリグマンと久保田洋子)。
「米情報当局者らの新たな評価によると、[略]プーチン大統領は今後数年以内に、サイバー攻撃から小規模な地上侵攻までさまざまなシナリオを想定した限定的攻撃により、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の結束を試す可能性がある」
「米当局者らによると、懸念されるのは、追い詰められた場合にプーチン氏が一層危険になる可能性があることだという。/想定される脅威は、NATO加盟国へのサイバー攻撃や、領土占領を目的とした『覆面』武装集団の派遣から、同盟の東側への限定的侵攻まで多岐にわたる。米情報当局の評価によると、ロシアが何らかの行動に出るとすれば、今秋から2029年の間と推定される」
「こうした動きはこれまで極めて起こりにくいと考えられてきた。NATO第5条が発動され、加盟国の集団防衛義務が生じるためだ。しかし、第5条はサイバーやハイブリッドの脅威へのNATOの対応については明示していない」
こうした報道を受けての今回の社説は、「彼[プーチン]はNATOの領土を攻撃したりはしないだろう」とのトランプ発言(8月27日)を引いたうえで、「しかし、西側諸国はこれまでにも敵対勢力を誤って判断したことがあり、プーチン氏には、クレムリンの内側から見れば異なるように映る独自の計算があるのかもしれない」とする。その計算とは、次のようなものだ。
- 「ウクライナでの大失敗を挽回できる」との考え
- 「欧州が防衛費の増額によって再軍備を完了する前」が好機
- イラン戦争での苦戦により、米国の抑止力に「疑念が再浮上」している
- トランプ政権は11月の中間選挙を控えており、「欧州の危機がもたらす混乱」を望んでいない
そして社説は米国の抑止力が今後の焦点になるとの見方から、2つのポイントを挙げる。
- CIA長官のジョン・ラトクリフのモスクワ訪問は効果を挙げるか
――前任のウィリアム・バーンズ長官によるウクライナ侵攻に踏み切らないようにとの警告は無視された - 米国の抑止力はどこまで強大か
――欧州からの米軍の撤退を撤回し、ウクライナやNATOへの追加支援を発表するなどの「断固たる姿勢」をトランプは示せるのか
[Opinion]Putin Can't Break Down NATO's Door. He's Trying the Window【James Stavridis/Bloomberg/8月12日付】
ロシアのNATO加盟国攻撃については、米ブルームバーグのオピニオン担当コラムニスト、ジェームズ・スタブリディスによる「プーチンにはNATOのドアは破れない。試そうとしているのは窓だ」(8月12日付)も一読に値する。米海軍退役大将である彼は、“NATO軍”のトップである欧州連合軍最高司令官(SACEUR)を務めた経歴の持ち主だ。
「プーチンを、ウクライナへの攻撃を通じて欧州の玄関のドアを激しく叩き続けている泥棒だと考えてみよ。ドアは壊れていないため、彼は代わりに窓や裏口を試そうとする」と指摘するスタブリディスは、攻撃の具体的なあり方について次のような例を挙げる。
- 空港や駅のような交通のハブやその周辺に「『偶然』着弾するような兵器の発射」を継続する
- サイバー攻撃をさらに強化し、燃料供給システムや食品加工・配送チェーン、医療施設など「一般市民を恐怖に陥れたり威嚇したりする可能性のある機関」を対象とする
- 核による威嚇を増強し、ロシア西部やベラルーシで核兵器の配置を変更する
- 制服を着用しない特殊部隊をバルト三国に送り込む
スタブリディスは、NATOには「冒険的でリスクを厭わないクレムリンに対抗するのに十分な軍事力がある」としつつ、ロシアへの対抗策を早急に明示すること、サイバー防衛も含む大規模な演習を実施すること、そしてロシアの初動攻撃を受けた際には軍事力を断固として行使する決意を固めることをNATO側に求めている。
Why Even a Cornered Putin Won't Press the Red Button【Andreas Umland/Foreign Policy/8月25日付】
なお、ロシアによる核兵器の使用をめぐっては、ウクライナにある欧州政策研究所(EPIK)の政策フェロー、アンドレアス・ウムランドが米「フォーリン・ポリシー」誌サイトに「追い詰められたプーチンでさえ赤いボタンを押さないのはなぜか」(8月25日付)を寄せている。
彼は「戦争の歴史をざっと振り返ってみても、追い詰められた大国が核によるエスカレーションに訴えるという終末論的な考え方は見当違い」だとし、「赤いボタン」を押さなかった国として、アルジェリアでの植民地戦争に敗北したフランス、ベトナム戦争での米国、アフガニスタン侵攻でのソ連などを列挙。
このように核保有国が使用を避けてきたため、非核保有国が核保有国を攻撃することが珍しくないとして、エジプトやシリアによるイスラエル攻撃やアルゼンチンによる英国とのフォークランド紛争などの実例を挙げる。
そしてロシア・ウクライナ戦争について米国内にある“核の使用へのエスカレーションを避けるため、ロシアを追い詰めすぎるな”という考え方に疑念を呈するのだが、その根拠は次のようなものだ。
- ウクライナはロシアを「危機的状況」にまでは追い込んでいない
- ウクライナは領土の完全な回復を目指しておらず、現在の前線を前提とした停戦合意、つまりはロシアの部分的勝利を受け入れる意向を表明している
- 自国の領土ではなく、「不法に占拠した他国の領土」を守るために核攻撃を行うことには、実務面のみならず、国際法や国際関係の面でのリスクが非常に大きい
- 非核の中堅国に対して核兵器を使用することはロシアの弱さを示すことになる
「西側諸国が、核超大国としてのロシアに抱く畏敬の念も、ウクライナでの敗北に対するロシアの核報復への懸念も、いずれも誤った認識にもとづくものだ」とするウムランドは、それゆえ核への恐怖ゆえにウクライナ支援を細らせてはならないと説く。つまりは、支援の継続が不可欠なウクライナ側にとってプラスとなる論理ではあるのだが、その点を差し引いても、彼の論考は一定の説得力を持つ。
Australia builds a Pacific alliance system to keep China out【Economist/8月27日付】
「7月6日、フィジーの首相は、両国間の新たな相互防衛協定の締結を祝うため、オーストラリアの首相を招いて[首都スバにある]ホテルで晩餐会を主催していた。両首脳が条約に署名した直後、中国の潜水艦がまもなくフィジー北方の公海に向けて弾道ミサイルの試験発射を行うという情報がもたらされた」
「この事態に、フィジーを含む太平洋諸島の指導者たちは動揺した。フィジーの国防相は中国に対し発射中止を要請したが受け入れられず、[略]/フィジーやその他の太平洋島嶼国にとって、これは一連の中国の行動の最新の事例であり、オーストラリアとより緊密に連携してきたことが正しかったと確信させるものとなった」
「現在、多くの太平洋諸島の指導者たちは、米国とアジア最大の軍事大国との対立が、再びこの地域の安定を損なうのではないかと懸念している。/しかし、太平洋地域の指導者たちは、米国と中国の間で選択を迫られるのではなく、冷戦初期以来、アジア太平洋地域で初めてとなる新たな同盟協定に署名することで、オーストラリアとの関係を深める道を選んでいる」
英「エコノミスト」誌の「中国締め出しに向け太平洋同盟システムを築くオーストラリア」(キャンベラ、スバ発8月27日付)は、“トランプの米国”がロシア、イラン、そして中国を相手とする三正面作戦の展開を余儀なくされるなかでのアジア・太平洋地域の大国・豪州の取り組みを取り上げている。
オーストラリアはフィジーに先立って2025年10月、パプアニューギアとも「軍事同盟」関係に入っており、トンガとの交渉も進めている。相互防衛協定は中国との対立を目的としたものではなく、太平洋諸島フォーラム(PIF)という「太平洋の家族」の枠内での安保体制を維持するものだというのが豪州の建前だ。
しかし、この地域にグアムと北マリアナ諸島を抱える米国も関与するPIFを枠組みとする体制は、地域の安保から「中国を締め出す」ものだと記事は指摘。ニュージーランドも、この新たな安保体制への参加に興味を示しており、実現すれば“南太平洋版NATO”とも呼べる多国間同盟の基盤となる可能性があるという。
この協定は国防軍を持つ国のみを対象としているが、軍を持たない国にもオーストラリアは別の枠組みを提供。ツバルやバヌアツとの間で「中国による軍事基地建設を阻止し、警察協力を装った[中国との]安保協定の締結を困難にする」協定をすでに結んでおり、ソロモン諸島(中国にとって地域で最も親密な同盟国だったが、5月の政権交代で安保政策を変更)との間でも交渉が始まっている。
こうした豪州の動きを「米国当局者は歓迎」していると、記事は伝えている。
The Goldilocks Fallacy: The Undefined Limits of Korea's Nuclear Role【Hanbyeol Sohn, Kyung Suk Lee/War On The Rocks/8月27日付】
トランプ大統領が8月16日、米韓軍事演習の縮小を命じ、北朝鮮との融和姿勢を打ち出したことで、東アジアには波紋が拡がっているが、その前に米国の国防当局者が示していた朝鮮半島の核兵器をめぐる構想について、韓国の研究者らが興味深い論考を発表した。
軍事・安保を専門とする米「ウォー・オン・ザ・ロックス」に「ゴルディロックスの誤謬──核について韓国の果たす役割の定義されていない限界」(8月27日付)を寄稿したのは、韓国国防大学教授で国家安全保障戦略研究院核・大量破壊兵器問題センターのディレクターや国家安全保障局政策顧問なども務めるソン・ハンビョルと、延世大学国際学大学院のイ・ギュンスク助教。
彼らがまず紹介するのは、元米宇宙政策担当国防次官補代行で今は同マサチューセッツ工科大教授のビピン・ナランが7月24日、韓国軍戦略司令部の主催するシンポジウムで行なった講演だ。
「『核による拡大抑止のゴルディロックス』」と題した講演で、ナランは韓国の核政策について明確な診断を示した。韓国が取り得る政策は大まかに3つに分かれるという。北朝鮮の非核化は現時点ではほぼ幻想に近く、韓国自身の核武装は長期的な苦痛とリスクをもたらす。そのため、北朝鮮の進展する核・ミサイル脅威に対処する最適な政策は、米国の拡大抑止力を強化するというゴルディロックス的選択――つまり、両極端を回避する『ちょうどよい』選択肢――だというのである」
「ナランはさらに、拡大抑止を強化するための選択肢のなかにも別のゴルディロックス的な選択肢があるとして、地上配備型戦術核兵器の再配備とNATO型の核共有を退けた。その核心となる論点は、前線配備された核兵器は作戦上、完全に活用できない可能性があるうえ、通常戦力の任務から資源と注意をそらすおそれがあるというものだった。その代替案としてナランが提示したのが海洋配備型戦力、すなわち米海軍の潜水艦から発射する低出力核巡航ミサイルである、海洋発射型巡航ミサイルだった」
筆者らは、このナランの提言を発展的に論駁しながら新しいビジョンを示そうとする。問うべきは単に「米国がどの核戦力を韓国防衛に用いるか」ではなく、「韓国自身がその核運用にどこまで関与するのか」だというのだ。ここには、トランプ政権の「アメリカ・ファースト」が拡大抑止への信頼を揺らがせる中、韓国を米国の核作戦体系の“外側”に置いたままでよいのかという意識が明確に見える。
「戦術核再配備をめぐる議論は、実際には三つの異なる問いから成り立っている。第一は『指定』、すなわちその米国の核兵器が朝鮮半島戦域向けに指定されているのか。第二は『配備』で、その兵器が朝鮮半島の内側にあるのか外側にあるのか。第三は『役割』であり、有事にその兵器を発射するのは米国なのか、韓国なのかという問いである」
この「指定」「配備」「役割」を切り分けることで、核兵器を韓国領内に置くか否かという従来の二者択一から議論を解放しようとするのがこの論考のポイントだ。韓国への前方配備を行わなくても、特定の米核戦力を朝鮮半島戦域向けに指定し、韓国を共同計画や目標選定に参加させる余地はある。
「指定は戦力の所在地から独立した変数である。単に戦力がどこにあるのかを示す行政措置ではない。韓国の通常戦力が米国の核兵器の運用・運搬に共同で関与できるようにする前提条件なのである。指定された対象があって初めて、両国は何を統合し、どのように統合し、どこまで役割を分担するかを議論できる」
こうした問題設定の背景にあるのは、北朝鮮の限定的な核使用と米国の戦略核による大規模報復との間に「抑止の空白」が生じ得るとの危機感だ。北朝鮮が低出力核や極めて限定的な核攻撃を選べば、米国の戦略核による報復は比例性を欠き、抑止の信頼性が低下しかねない。筆者らは、この空白を埋めるには米国の限定核オプションを増やすだけでなく、韓国自身をその計画と運用に段階的に組み込む必要があるとみる。
「まず朝鮮半島戦域への指定と、共同目標選定サイクルへの参加である。これによって韓国の役割を『支援』から『実行』へ向かう軌道に乗せる。そして朝鮮半島の安全保障環境が著しく悪化した場合には、地上配備を含め、より直接的な『実行』の形態も検討対象に残すべきである」
つまりこの論考が描くビジョンは、直ちに戦術核を韓国へ再配備することではない。第一段階として米核戦力の朝鮮半島戦域への「指定」を行い、米韓共同の核ターゲティングや作戦計画を進め、現在は通常戦力による「支援」にとどまる韓国の役割を、将来的にはNATO型核共有に近い「実行」へと発展させる。その選択肢をあらかじめ閉ざさず、米韓同盟の核の役割分担そのものを再設計すべきだ、というのだ。
The New Right's Grand Strategy After Trump【Leonard A. Schuette/Foreign Affairs/8月25日付】
第2次トランプ政権が折り返し点に近付き、“トランプ後のアメリカ”の姿を見通そうという議論も増えているようだ。米「フォーリン・アフェアーズ」誌サイトに同カーネギー国際平和財団欧州プログラムのフェロー、レナード・A・シュエットが寄稿した「トランプ後のニュー・ライトの大戦略」は、そうした中の注目すべき1本。
トランプ政権を支えるニュー・ライト(新しい右派)は、従来の米国の外交思想とは異なる「文明主義(civilizationism)」を基盤とする。従来の保守派が自由、平等、立憲民主主義といった普遍的理念によって西側を同一視してきたのに対し、文明主義では西側を、特定の領土、祖先、キリスト教を共有する文化的・民族的共同体と捉える──これがシュエットの読み解く「大戦略」の前提だ。
文明主義の世界観は、世界を複数の文明圏に分け、それぞれを地域覇権国が支配するというもの。米国は西半球で圧倒的優位を確立し、欧州には積極的に介入する一方、中国やロシアなど他文明圏の勢力圏は基本的に認める。したがって、中国の東アジアにおける覇権を容認し、台湾をめぐる戦争を避け、ロシアによる東欧への影響力にも妥協する可能性がある。また、中東への関与を縮小し、イスラエルとの同盟にも距離を置くこととなる。
この思想は、世界を普遍的価値によって導こうとするリベラル国際主義やネオコン的介入主義を否定する。「永遠の戦争」には反対する立場であるため、当初はともかく、イラン戦争や対中政策などで文明主義に反する行動を取る現在のトランプ政策とは相容れない部分もある。
この文明主義がポスト・トランプ期の米国の正式な大戦略になれば、欧州・東アジア・中東の同盟関係は大きく変化する。ただ、文明の境界は曖昧で、勢力圏が衝突すれば地域紛争を招く可能性が高い。またニュー・ライト内部にも対立があり、外交政策について統一した見解があるわけではない。それでも、戦後の米国外交を支えてきたリベラル覇権主義が揺らぐなか、文明主義は今後の米国外交を左右する有力な選択肢となりつつあると、シュエットは読む。
【各メディアの記事の紹介はすべて電子版による】