9・11米国同時多発テロ事件の発生から20年が経過した。米国と世界に大きな影響を与えたこの大事件は、米中関係にも大きな影響を与えた。この事件さえなければ、あの時点で、米国の対中姿勢に、かなりの修正が行われていた可能性があったからだ。修正が行われなかった結果、世代交代が進むごとに、中国側の対米認識はかなり甘くなってきた気がする。毛沢東、周恩来、鄧小平などは、朝鮮戦争を戦い、米国の「怖い顔」を知っていた。江沢民、胡錦濤は、それでも米中の国力差が大きく、米国の主張に中国も配慮した対応をした。それが、爪を隠し時間を稼ぐ「韜光養晦(とうこうようかい)」の外交政策の求めるものであったからだ。
現在の指導部は、1972年の米中共同声明以来の米国の「優しい顔」しか見てこなかった。米国がもう一つの「怖い顔」を持つことをあまり自覚していないように見受けられる。「優しい顔」とは、米国が中国の立場に最後は歩み寄るという意味だ。例えば人権問題についても、提起しないか、提起しても、そのうちウヤムヤにする。台湾問題でも、最後は中国の立場に一定の配慮をして、事案を終わらせる。だが「怖い顔」の米国は、自分の言うことを聞かせるために遠慮なく腕力も使うし、あきらめない。米国の地位が挑戦を受けていると判断したときは、特にそうなる。日本も、日米貿易摩擦のときに経験した。
9・11で先送りされた「優しい顔」からの方針転換
現在の中国指導部の対米観が甘いと感じる理由は、米中関係の歴史をたどるとよく分かる。
1972年のニクソン訪中により、米中関係は、それまでの「敵」から、ソ連という共通の敵に立ち向かう「友好国」ないし「準同盟国」へと180度転換した。以降、米国は中国に「優しい顔」を見せ続けた。そのソ連は、85年にミハイル・ゴルバチョフが書記長となり、91年末には崩壊した。中国は89年の天安門事件を経験したものの、92年、鄧小平は南巡講話を出し、再び改革開放の方向に舵を切った。爪を隠し時間を稼ぐ「韜光養晦」の外交政策を進めたのだ。ここで米国は、中国の位置づけを再確認する必要があったが、結論は、中国が台頭しても問題はないというものであった。ブッシュ・シニア政権(1989−93)の時代であり、関与政策を続けることにより中国は国際社会の平和と発展に積極的に貢献する国になる、経済が発展し中産階級が育てば、いずれ民主化に向かう、という楽観的想定に立っていた。米国は引き続き「優しい顔」を見せることにした。……