第37代米大統領リチャード・ニクソンは、大統領としては毀誉褒貶相半ば、というよりはウォーターゲート事件で弾劾されそうになり辞任せざるを得なかったという負のイメージの方がはるかに強いだろう。しかし、1982年に上梓された第一級の政治指導者論『指導者とは』(文春学藝ライブラリー)の著書ただ1冊だけで、政治評論家として歴史にその名を刻むに違いない。
この書は、世界の指導者に対する自らの体験に裏打ちされた鋭い観察眼があるだけではない。深い人間理解と歴史への省察に満ちている。俎上に載っているのはウィンストン・チャーチル、シャルル・ドゴール、ダグラス・マッカーサー、吉田茂、コンラート・アデナウアー、ニキタ・フルシチョフ、周恩来に加えて、中東や第三世界を含む同時代のリーダーが網羅されている。
敗北を恐れなかったチャーチル
とりわけ深い畏敬の念をもって描かれているのが、チャーチルとドゴールである。チャーチルは生涯一貫して大胆だった。ときには猪突もした。だが、一度も敗北を恐れなかった。1904年、チャーチルは大胆にも保守党から自由党に転じた。賭けの代償はいつでも大きい。しかし、政治家はときに大きなリスクを冒さなければならないことがある。
ニクソンは思う。政治家として成功するための条件としては知性や政治的本能、自己の主張への信念などいろいろあるだろう。それをもつ人は多いが、すべてを得るためにすべてを懸ける用意のある人は極めて少ない。敗北を恐れる者は、一流の政治家たり得ないのである。……