社会

日本軍全滅の塹壕で見つかった旧制中学の帽章は誰のものか――「幻の学徒隊」を追う(後編)

2025年4月26日


<span>日本軍全滅の塹壕で見つかった旧制中学の帽章は誰のものか――「幻の学徒隊」を追う(後編)</span>
戦死した旧制開南中学校第8期生の遺族が、壕から出てきた遺留品のボタンを見つめる(以下、写真はすべて筆者[浜田哲二]撮影)

旧制中学の帽章が見つかった場所は、日本軍が住民を追い出して使用した壕だった。そこに陣取った将兵らは全滅しており、帽章の持ち主である学徒が所属した部隊も判然としない。そんな中、同じ壕内で今度は小学生の氏名が刻まれた遺留品が見つかった。

  • 日本軍全滅の塹壕で見つかった旧制中学の帽章は誰のものか――「幻の学徒隊」を追う(前編)

セルロイドの破片に刻まれた小学5年生の氏名

 帽章の持ち主探しと並行して、同じ壕で遺骨収集を続けていたところ、新たな遺留品を発見した。マーブル模様が施されたセルロイドの破片。千切れ飛び、一部は溶けて変色している。もとは裁縫箱や筆入れだったのか、それとも下敷きか……。原形をとどめていない切れ端が2個、岩の割れ目に落ち込んでいた。それに持ち主の氏名が刻まれていたのだ。

 まず一つ目に“初五 オシロキヨ”と。二つ目は“大シ”だが、その先は失われてしまっている。初五は「初等科五年」を表し、オシロキヨと大シの刻みを重ね合わせると、「大城キヨ」と読み解けないか。国民学校初等科(現在の小学校にあたる)五年、大城キヨさんが持ち主だと推理できる。

発掘したセルロイド製の遺留品 

 この発見について大城弘明さんへ問い合わせてみた。

「あい、驚いたねぇ! それは、我が家の隣に住んでいた親戚のキヨさんのものかもしれない。年齢から逆算すると、終戦時は確か六年生ぐらいだったと思う。私が住んでいた集落には、現在も過去も大城キヨという氏名の方は他に思い当たらないので、間違いないだろう」……

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