本来の祖父とは正反対の描写に
「NHKは、歴史の事実を捻じ曲げて祖父の名誉を踏みにじったにとどまらず、私のインタビューを恣意的に編集し、放送していた。二重に罪深いと断じざるを得ません」
憤懣やるかたない様子でこう語るのは、インドネシアやフランスで特命全権大使を務めた元外交官の飯村豊氏(79)だ。ことの発端は、うだるような暑さで不快指数が増すばかりだった「終戦80年の夏」に遡る。
NHKは昨年8月16、17日、『NHKスペシャル』の企画として『シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~』と題する番組を放送した。
1941(昭和16)年7月、軍・民・官の俊英から成る「総力戦研究所」は、模擬内閣を組織した上で日米戦を想定した机上演習を開始する。結果は「日本必敗」。だが、その報告は政府や軍部に無視され、日本は開戦へと至る。この歴史的事実を題材にした猪瀬直樹氏の著作『昭和16年夏の敗戦』を原案に、NHKが終戦80年の“目玉作品”として放送したのがドラマ『シミュレーション』だった。
「私の祖父で陸軍中将を務めた飯村穣(じょう)は総力戦研究所の初代所長であり、まさに昭和16年の机上演習を推進した人物です」
と、飯村氏が経緯を振り返る。
「したがって、『シミュレーション』での総力戦研究所の所長“板倉大(だい)道(どう)・陸軍少将”のモデルは私の祖父以外の何者でもない。そして、残されている資料等から、祖父が部下を大切にする温厚な性格で、自由な議論を推奨した人物だったことは疑いようがありません。しかし、『シミュレーション』放送前の告知文には、板倉所長は〈軍上層部の思惑とは異なる研究結果が出始めると、自由な議論の“最大の壁”となっていく〉と記されていました」
ドラマの内容を一切知らされておらず、史実が歪曲されることを危惧した飯村氏は、史実に基づいた内容にするようNHKに申し入れたものの受け入れられなかった。そうして迎えた放送当日、飯村氏は番組を観て愕然とする。
「板倉少将は祖父とは正反対の人格に歪められていました。模擬内閣の若い首相役を『不都合な報告は上に上げられない。意味は分かるな。空気に逆らってもいいことはない』と恫喝し、さらには『面倒に巻き込まれるのは勘弁だぞ』と責任を放棄する。“若きエリートたちに立ちはだかる卑劣で無責任な悪役上司”として描かれていたのです」
放送後、泣き寝入りするわけにはいかないと決意を固めた飯村氏は、記者会見やBPO(放送倫理・番組向上機構)に対して審議の要望を行い、昨年12月24日には、祖父の名誉を傷つけられたとして損害賠償を求め東京地裁に提訴、現在も係争が続いている。
――この一連の出来事を記録として残すべく、飯村氏は今年6月の出版に向けて著作の執筆を開始する。その作業をしていた最中の今春のことだった。
「本をまとめるにあたり、改めて自分の思考や記憶、資料を整理していた際、放送時には気付かなかった、ある違和感を覚えたんです。NHKはドラマだけではなく、ドキュメンタリーパートでも、やってはいけない禁じ手を使っていたのではないかと」
『シミュレーション』は、ドラマと10分ほどのドキュメンタリーをセットにした構成で放送されたのだが、16日のドキュメンタリーでは、飯村氏がドラマ内容の変更を申し入れる前に撮影されていた、飯村氏のインタビュー映像も使われた。
「私のインタビューは2カット放送されました。いずれの発言も、総力戦研究所およびそこでの机上演習、すなわち昭和16年当時のことについて私が語った“格好”になっています。しかし、2番目のカットの私の発言は、総力戦研究所の机上演習について話したものではないのです」
「確認不足だったとは思います」
一体どういうことか。飯村氏が続ける。