間違いをやらかしても絶対に謝らない人を皮肉る「謝ったら死ぬ病」という最近の言葉があります。その謝らない心理の根底にあるのは、ある種の防衛機制だと思われます。自分の価値や立場が謝罪によって失われるのを、回避する心理です。
「存在論的安全保障(ontological security)」には、これに似た要素がありそうです。国家が物理的な安全を確保することとはまた別に、「自分たちは何者か」「世界の中でどのような存在か」という国家の自己認識の一貫性や連続性を保つことを、国際政治学では存在論的安全保障と呼んでいます。
英国の国際政治学者、ジョニー・ホール氏(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス国際関係学部フェロー)は、最近発表した米国のアフガニスタン撤退に関する論文の中で、「戦争が終わりにくいのは、戦場の状況や国内政治上の影響だけが理由ではない。戦争終結という特有の瞬間に、国家が自らの性格や世界における役割を省みることを迫られるからでもある」と指摘しています。つまり、「戦争に勝つ」ことを国家アイデンティティーの重要な要素にしている米国にとって、「勝ち」のない戦争終結はアイデンディティーの危機に結びつく。ゆえに、オバマ、第1次トランプ、バイデンの3政権は、アフガニスタンで「敗北した」と受け取られるのを避けることを優先し、米国民の方もアフガニスタンを「見ないように」した――。
ホール氏の研究は、さらに9.11以降の対テロ戦争という「勝利の定義」のない戦争を戦い続ける米国のジレンマを存在論的安全保障から照らす試みへと広がっているのですが、それはひとまず脇に措き(とはいえ後出のスティーブン・M・ウォルト氏「なぜ米国は戦争に負け続けるのか」は、これを頭に置きながら読んでみたい論考です)、始めてしまったイラン戦争の落としどころがどうにも見つからない現在の米国について識者たちは何を語るのか。今回ピックアップした中でも特に印象深かったのは、「パウエル・ドクトリンはこの失敗を回収する上でも役に立つぞ」と提言しているコリ・シェイク氏(アメリカン・エンタープライズ研究所上級研究員兼外構・防衛政策研究部長)の論考でした。
詳細は後述しますが、ベトナム戦争の反省から1980~90年代にキャスパー・ワインバーガー国防長官とコリン・パウエル統合参謀本部議長らが形作った「パウエル・ドクトリン」は、明確な目標、圧倒的戦力、国内支持、出口戦略を重視する米国の軍事介入原則です。この原則を米国が貫徹できなくなっていくのが、まさに1990年代のボスニア内戦への介入から対テロ戦争へと続く歴史でもあるのですが、シェイク氏は原則を明確にすることによってこそ、撤退にも正当な根拠を与えられると指摘します。
上記ホール氏はまた別の論文で「米国民は常に、勝利、勝利、勝利へ向かって戦い続ける。あなた方は負け方を知らない……これからも負けるとはどういうことなのか、知る必要はないだろう」というトランプ氏の言葉を引用していました。負け方を知らない米国にとって、撤退はまさに存在論的な難題であり、それを解く鍵は正当性の獲得にある。戦争終結の国内政治を考えるうえで踏まえておきたい論点です。
このほか韓国のAI(人工知能)ブーム、地盤沈下が懸念されたインドIT産業の実情、夏休み企画としてバラク・オバマ元大統領の夏の読書リストなど、注目の記事・論考9本を集めました。皆様もぜひご一緒に。
Why We Should Fight【Kori Schake/Foreign Affairs/雑誌版9・10月号、オンライン公開8月6日付】
(1)きわめて重要な国益が危機に瀕していること
(2)勝利の達成のために必要な資源を投入する意志があること
(3)政策立案者らが政治的・軍事的な目標を明確に定めていること
(4)状況や目標の変化に応じて部隊の展開や支出を継続的に見直す用意があること
(5)政策立案者らが、率直な姿勢と協議を通じて、米国民および議会の支持を得ること
(6)「米軍の戦闘への投入は最後の手段であるべき」こと
これは1984年に当時のワインバーガー米国防長官が唱えた「ワインバーガー・ドクトリン」の6項目だ。そのころ米軍は、イスラエルが侵攻したレバノンの安定化を目指す多国籍軍に参加。だが、過激派による襲撃で米軍兵士241名が死亡するなど、大きな被害を受け、ロナルド・レーガン政権は米軍の全面撤退を余儀なくされていた。こうした「惨事」の再発(あるいはベトナムでの失敗の繰り返し)を避けるためにワインバーガーが打ち出したのが、この6つの条件だった。
この6原則が「初めて真に試された」のは1990年、イラクのクウェート侵攻を受けてジョージ・H・W・ブッシュ(父ブッシュ)政権が軍事侵攻に踏み出すか否かの決定を迫られたときだ。ときの米軍の統合参謀本部議長パウエルは、ワインバーガーの挙げた6条件にさらに2つを追加する。