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Vol. 1

「奇跡的に蘇生」と報道されていた心臓提供者【プレイバック「週刊新潮」が報じた事件戦後史】

2026年5月1日


<span>「奇跡的に蘇生」と報道されていた心臓提供者【プレイバック「週刊新潮」が報じた事件戦後史】</span>
1968年8月11日、札幌医大にて手術後の記者会見をする和田寿郎教授(中央)

 世間を賑わす「大事件」について、詳しく取材を進めていくと、時に世の常識では測ることのできない、人間の「本質」が浮かび上がることがある――。1968年の夏、札幌医科大学の和田寿郎教授は、日本初の心臓移植手術に成功。メディアの関心を巧みに集める“タレント性”も相まって、大きく世間の注目を集めることになる。しかし、この心臓移植の裏には、小樽の海水浴場で溺れた21歳青年の“不可解な死”が横たわっていた。その時、「週刊新潮」の記者は何を見聞きしていたのだろうか――。

※本稿は『あのスキャンダルの裏側――「週刊新潮」が報じた事件戦後史』の一部を抜粋/編集したものです。「週刊新潮」1968年11月20日号に掲載された特集が元となっており、プライバシーへの配慮から一部は匿名となっています。また、年齢や肩書は当時のものです。

日本初の心臓移植提供者となった青年

 偶然か、細心の準備からか、すべてがあまりにも順調だったのである。日本最初の心臓移植手術に成功した札幌医科大学、和田寿郎教授――。医師としての実力はいうに及ばず、その大手術にいたるタイミングのよさ、はたまた、対世間へのドラマチックな訴え方、「先駆者」としては、きわめて珍しい幸福な例ではなかろうか。けれども、ほんとにそうであったのか。たとえば心臓提供者A君(21)は、海でおぼれはしたものの、一度は「奇跡的に息を吹き返した」と報道されていた人だったのだが――。

 いかにも皮肉なことには、その「A君の奇跡的な蘇生」が報道されたのは、八月八日――つまり、和田寿郎教授が、すでにあの劇的な「心臓移植手術」を完了した同じ朝のことだったのである。

 報道した新聞は、読売新聞北海道版。記事の内容は――「心臓が動き出した!」、「一度は“死んだ”水難大学生」という見出しで、七日昼小樽市蘭島海水浴場でおぼれたA君について、ざっと次のように書いているのだ。むろんこの段階では「A君が心臓提供者になった」などとは一言も触れられていない。……

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