※本稿は『あのスキャンダルの裏側――「週刊新潮」が報じた事件戦後史』の一部を抜粋/編集したものです。「週刊新潮」1968年11月20日号に掲載された特集が元となっており、プライバシーへの配慮から一部は匿名となっています。また、年齢や肩書は当時のものです。
日本初の心臓移植提供者となった青年
偶然か、細心の準備からか、すべてがあまりにも順調だったのである。日本最初の心臓移植手術に成功した札幌医科大学、和田寿郎教授――。医師としての実力はいうに及ばず、その大手術にいたるタイミングのよさ、はたまた、対世間へのドラマチックな訴え方、「先駆者」としては、きわめて珍しい幸福な例ではなかろうか。けれども、ほんとにそうであったのか。たとえば心臓提供者A君(21)は、海でおぼれはしたものの、一度は「奇跡的に息を吹き返した」と報道されていた人だったのだが――。
いかにも皮肉なことには、その「A君の奇跡的な蘇生」が報道されたのは、八月八日――つまり、和田寿郎教授が、すでにあの劇的な「心臓移植手術」を完了した同じ朝のことだったのである。
報道した新聞は、読売新聞北海道版。記事の内容は――「心臓が動き出した!」、「一度は“死んだ”水難大学生」という見出しで、七日昼小樽市蘭島海水浴場でおぼれたA君について、ざっと次のように書いているのだ。むろんこの段階では「A君が心臓提供者になった」などとは一言も触れられていない。……