※本稿は『あのスキャンダルの裏側――「週刊新潮」が報じた事件戦後史』の一部を抜粋/編集したものです。「週刊新潮」1974年2月7日号に掲載された特集が元となっており、掲載時、女性事務官を実名で報道していましたが、本稿ではプライバシーに配慮し匿名にしました。また、年齢や肩書は当時のものです。
13000文字に及ぶ「手記」の内容
「知る権利」という不毛な論争を巻き起こした「外務省機密文書漏洩事件」に、判決が下った。毎日新聞の西山太吉記者と外務省のH元事務官が逮捕されて、ほぼ二年。Hさんに「情を通じて」外交文書を手に入れたといわれる西山さんは、この間、“法廷闘争”に専念し、Hさんはひたすら沈黙を守った。しかし今、判決に際して、夫との離婚をも決意したHさんがはじめて“表現の権利”を行使した。題して「私の告白」――。
<事件のあらまし>
いわゆる外務省機密文書漏洩事件とは、昭和四十六年六月に調印された沖縄返還協定に絡んで、“黒い疑惑”があるとして、毎日新聞の西山太吉記者が、当時外務大臣の愛知揆一氏と駐日大使のマイヤー氏の会談内容と思われるものを紙上に発表したもの。その際にはさしたる反響が得られなかったが、その後、国会で、社会党の横路孝弘代議士が質問。そのとき、この秘密文書のコピーを横路代議士が外務省関係者に見せたことから、機密漏洩が明るみに出た。……