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Vol. 3

小野田少尉帰還の感動と「天皇会見」【プレイバック「週刊新潮」が報じた事件戦後史】

2026年5月1日


<span>小野田少尉帰還の感動と「天皇会見」【プレイバック「週刊新潮」が報じた事件戦後史】</span>
1974年3月、フィリピンのルバング島から帰還した野田寛郎元少尉

 世間を賑わす「大事件」について、詳しく取材を進めていくと、時に世の常識では測ることのできない、人間の「本質」が浮かび上がることがある――。1974年、世間はある「一人の男」の一挙手一投足に釘付けとなっていた。情報将校として第二次世界大戦に従軍し、終戦後もフィリピン・ルバング島の山間部に留まり続けた小野田寛郎元少尉である。3月12日、日本航空の特別機で実に29年ぶりの帰国を果たすと、メディアはこの話題で持ち切りとなる。その時、政治家や作家、評論家、海外メディア、そして市井の人々は、この“一大事”に何を想ったのか。当時の「週刊新潮」特集記事をもとに振り返る――。

※本稿は『あのスキャンダルの裏側――「週刊新潮」が報じた事件戦後史』の一部を抜粋/編集したものです。「週刊新潮」1974年3月21日号に掲載された特集が元となっており、プライバシーへの配慮から一部は匿名となっています。また、年齢や肩書は当時のものです。

世間の話題は「小野田さん一色」に

 小野田寛郎少尉が帰国して、わが日本列島は、ふたたび“感動”のアラシに包まれた。折からの国会における「参考人喚問」はこのニュースの前にかすみ、江崎玲於奈博士のノーベル賞受賞後“初の帰国”も、小さなトピックになってしまった。

 が、三十年間に及ぶこの“勇士”の戦いが、誠実であればあるほど、われわれ日本人には、ある痛みを感じさせたのも事実である。ある人は、改めて「戦争とは何か」を問い直し、ある人は「今度は、天皇は小野田さんとお会いになるだろうか」という形で――。

 小野田さんが帰国する前日、日本の国会では、企業の代表者を呼んで、二度目の“参考人喚問”が行われていた。ちょうど小野田さんが、マニラでマルコス大統領を表敬訪問していたころである。が、本来なら日本国中の関心を集めたであろうこの政治劇も、“小野田さん生還”の前には、完全に色あせてしまった。新聞やテレビの扱いも、まるで小さかったし、街の話題ももっぱら“小野田さん”に傾いた。……

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