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Vol. 2

大火災で噴き出たホテル・ニュージャパンの「暗部」【プレイバック「週刊新潮」が報じた事件戦後史】

2026年5月1日


<span>大火災で噴き出たホテル・ニュージャパンの「暗部」【プレイバック「週刊新潮」が報じた事件戦後史】</span>
報道陣に被害状況を説明するホテル・ニュージャパンの横井英樹社長

 世間を賑わす「大事件」について、詳しく取材を進めていくと、時に世の常識では測ることのできない、人間の「本質」が浮かび上がることがある――。時代が移れども、タバコの不始末による火災は絶えない。かつて日本でもホテル宿泊客の寝タバコの不始末が元で大規模な火災が発生している。1982年2月、死者33人を出した「ホテルニュージャパン火災」である。当時、経営者の杜撰な防火管理体制が被害を拡大させた“人災”だったという点でも世間の注目を集めた。「週刊新潮」の取材に対し関係者が語っていた「驚きの証言」とは。

※本稿は『あのスキャンダルの裏側――「週刊新潮」が報じた事件戦後史』の一部を抜粋/編集したものです。「週刊新潮」1982年2月18日号に掲載された特集が元となっており、プライバシーへの配慮から一部は匿名となっています。また、年齢や肩書は当時のものです。

タバコの吸い殻があちこちに

 ホテル・ニュージャパンの横井英樹社長のご自慢は「俺の体にはピストルの弾が入っているんだ」。それもあってか、このホテルに出入りするのは、一クセも二クセもある御仁が多かった。だから、今回の火事で危うく助かった一人の宿泊客はいみじくもこういったものだ。

「パチパチとドアの外で音がして目がさめたが、拳銃の撃ち合いかと思った」

 このホテル、かつては“絹のハンカチ”こと藤山愛一郎氏の藤山コンツェルンが経営する名門ホテルだったが、大火災と同時に“乗っ取り屋”横井英樹社長の暗部が噴き出してきた……。……

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