社会

「ラストエンペラーの姪」が遂げた「天城山心中」の胸の内

2026年5月1日


<span>「ラストエンペラーの姪」が遂げた「天城山心中」の胸の内</span>
ラストエンペラーの姪にあたる愛新覚羅慧生さん

 満州国皇帝・溥儀(ふぎ)の姪である愛新覚羅 慧生(えいせい)と、青森県八戸市出身の大久保武道。昭和31(1956)年に学習院大学で始まったふたりの恋は、翌年の末にピストル心中という最後を迎えた。その場所は静岡県の天城山。当時のマスコミが「天国に結ぶ恋」と大きく報道する一方、双方の家族は「無理心中」と「同意の上」をそれぞれ主張した。一体ふたりはなぜ永遠の旅立ちを選ぶに至ったのか。慧生の親友や武道の実弟の貴重な証言を交えて愛の軌跡をたどりつつ、いまだ明らかにならない真の動機に迫る――。

 ※本稿は「新潮45」2005年6月号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。(文中敬称略)

小綺麗な男女の服装

 若い男女を乗せたハイヤーが、でこぼこの峠道を慎重に踏みながら天城トンネルに達したころには、日はとっぷりと暮れ、辺りは漆黒の闇が佇むばかりだった。

 昭和32(1957)年12月4日、時刻は午後5時半を回っていた。修善寺駅からの客であった男女は、トンネル口で車を止め、運転手に2000円を手渡している。実際の料金は1380円――。

 ふたりはトンネル脇から延びる急峻な登山道に、すぐに足を踏み入れようとした。小綺麗な男女の服装、足下を見た運転手に一抹の不安がよぎる。とても登山道の先、八丁池まで歩き着ける格好ではない。……

おすすめの記事

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

おすすめの動画

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

ニュースレターを購読する

新潮QUEは、私たちが「問う力」を養っていくためのサブスクリプションサービスです。

無料登録する