政府は7月21日、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」を閣議決定しました。成長分野への投資を重視し、2040年度までに総額370兆円規模の官民投資を軸にして「強い経済」の実現を目指します。同時に、経済成長を通じて、約1,344兆円に膨らんだ政府債務残高のGDP(国内総生産)比――2026年度末で約194%となる見通し――を引き下げることも目標とされました。
日本経済の姿を捉えるにはよい機会であり、海外メディアでも記事・論考が多く掲載されています。今回取り上げた中のひとつ、英「フィナンシャル・タイムズ」の「Japan awakes(覚醒する日本)」は、その“診断ポイント”や評価において最近のスタンダードと言えそうな記事です。
日銀がマイナス金利を解除し、約17年ぶりの利上げに踏み切ったのは2024年3月。デフレが終わり「金利のある世界」が到来した、日本経済は「失われた30年」からの転機を迎えたとの報道は、以降、特に珍しいものではなくなってきました。ただ、今回改めて海外メディアの日本経済論を概観すると、その「楽観論」のハードルはかなり上がってきている印象です。
その最大の要因は、やはり財政悪化への懸念です。政府が大型投資、減税、エネルギー補助金、防衛費増額などを同時に進めれば、長期金利上昇と円安が相互に進む悪循環を招き、市場が財政運営への信認を失う恐れがあります。政府は今回の「骨太の方針」で基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を掲げていません。日本と英国では事情が違うとはいえ、財源の裏付けを欠いた大型減税によって国債と通貨が急落した2022年の「リズ・トラス・ショック」を想起させる記事も少なくありません。
こうした市場ベースの議論に加えて目につくのは、「デフレ脱却」は本当に「豊かさの回復」につながっているのかという、いわば“生活者ベース”の議論です。言い換えれば、日本は「成長経済」を手繰り寄せているのではなく、ただ「インフレ経済」になっただけではないのかという疑念です。企業部門についての見方は、東京証券取引所による資本効率改善の要請、政策保有株の縮減、事業再編などが評価され、総じて肯定的といえるでしょう。しかし一方、円安、食料、エネルギー価格の上昇が家計を圧迫しています。実質賃金は2026年に入って5月まで5カ月連続して前年同月を上回りましたが、インフレ再加速によってその伸び率は鈍化しています。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、最大の懸念は名目賃金が物価上昇に追いつかず、実質賃金と個人消費を再び押し下げることだと報じています。
もちろん、「だからこそ、官民投資で成長実現」が高市早苗政権の戦略であるわけですが、その投資は本当に日本経済の支えとして機能してくれるのか。日本経済の変化に関する論点として、「需要不足型」から「供給制約型」に移ったとの分析が増えているのも頭に入れておきたいところです。つまり、かつては人口減少によって需要が縮むことが日本経済のリスクとの議論が中心でしたが、むしろ最近では供給面、特に労働力不足によって供給能力が低下し、成長が抑えられる一方で物価だけが上がるリスクが注目されます。
こうした中での投資拡大は、かならずしも日本経済の特効薬になってくれない可能性があります。資金が海外に向かう可能性があるからです。政府は「貯蓄から投資へ」の旗印の下、約2,200兆円の家計金融資産を国内有望産業への資金供給源に育てたい構えです。しかし個人投資家の立場に立てば、より成長性の高い海外資産に資金を振り向けることが自然です。企業においても、内部資金を国内での成長投資に回さなければ同じです。日本の貯蓄が米国のAI企業を育て、日本企業はその設備や部品を供給し、日本の家計は米国株の値上がり益を受け取る――という、安定してはいるが主導権を持たない経済に向かうことになりかねません。
それで海外から投資収益が上がればよいではないか、とも言えそうですが、しかし金融資産は高齢層に偏在します。企業でいえば内部資金は既存の大企業に偏在します。つまり、若年層やスタートアップはその恩恵に与れない。国全体の対外投資収益は増えても、国内の生産能力、雇用、技術、人材が育たず、賃金所得者や若年層の生活は改善しないということになります。いわば、新たな形での格差拡大が懸念されます。
こうしたネガティブなシナリオを現実化させないためにこそ、国内の成長分野への投資をいかに効果的に行うかが大事になるわけですが、海外メディアの論調は「日本経済楽観論」が成立するための条件が以前より厳しくなったことを示していると言えそうです。
今回はこうした日本経済と政治に関する記事・論考に加え、米軍による地上侵攻の可能性が取り沙汰されるイラン戦争および中東・西アジアの行方、米OpenAIの未公開高性能モデルの“脱走”事件のレポートなど9本をピックアップしました。皆様もぜひご一緒に。
[The Big Read]Japan awakes【Leo Lewis/Financial Times/7月23日付】
「日本がホットだ。[略]株式市場の過去最高水準での上昇と賃金の上昇が相まって、久しく見られなかった資産効果が生まれている」
「ついに日本は、バブル崩壊だけでなく、30年以上に及ぶ経済的停滞をもたらした1980年代の資産価格バブルの影から抜け出したようだ」
「経済学者たちによると、より広い意味で言えば、日本は今や、かつて不治の病と見なされていた不況から脱却した国のように振る舞っている。デフレはもはや過去のものとなったように見える。生産ギャップは解消された。何十年にもわたって忘れられていた価格決定力が経済に戻ってきた」
フィナンシャル・タイムズ紙で1日1本ずつ長文記事が掲載される「The Big Read」枠に、「覚醒する日本」(7月23日付)が登場した。東京支局長のレオ・ルイスは、「日本ほどの経済規模を持つ国のうち、これほど長期間にわたって物価下落の渦中にあった国はなく」「今回の変容の規模と重要性は際立っている」とし、「変容」の具体例として次のような動きを挙げる。