連載|Foresight

冷やすべきか、冷やさぬべきか――地政学問題としての「エアコン」

2026年8月2日


<span>冷やすべきか、冷やさぬべきか――地政学問題としての「エアコン」</span>
この暑さもポピュリスト右派の指導者たちには支持拡大のチャンスに[摂氏46度を示す街中の気温表示=2026年7月29日、フランス・トゥールーズ](C)Frédéric Scheiber / Hans Lucas via Reuters Connect

 エアコンの販売が好調です。日本電機工業会(JEMA)の発表によれば、今年1~6月のエアコンの出荷額は前年比21.7%増。来年4月の新省エネ基準導入を控えた駆け込み需要や、東京都であれば来年3月まで延長中の省エネ家電購入支援制度「東京ゼロエミポイント」が後押ししていることもあるとはいえ、命にかかわる暑さはすっかり日常のものになりました。来年にかけてはエルニーニョ現象による異常気象も懸念されます。世界を襲う酷暑の中で、多くの人々が亡くなっています。

 暑さに関連する死亡者数を地域別にみると、最も多いのは欧州だそうです。英「エコノミスト」誌が医学誌「ランセット」を引用しながら伝えるところでは、世界人口の10%未満に過ぎない欧州が、世界の暑熱関連死の36%を占めるとのこと(詳細、後出)。その背景にあるのは社会の高齢化と見られますが、高齢化だけならば日本はじめ他にもあてはまります。やはり、エアコン普及率の低さも大きな要因であるようです。IEA(国際エネルギー機関)の統計によれば、2025年の日本のエアコン保有世帯は93%、米国が90%、中国79%に対して、欧州は23%に過ぎません。

 熱波襲来が毎年のように伝えられるフランスでは(1947~2025年にフランスで記録された熱波51回のうち半数以上が直近15年間に集中)、エアコン設置の是非が政治の焦点になっています。右翼「国民連合(RN)」を主導するマリーヌ・ルペン氏は病院、介護施設、学校への大規模導入を主張する一方、左翼「不屈のフランス(LFI)」のジャン=リュック・メランション氏や「緑の党」は、温暖化ガスの排出増やエアコンからの排熱が都市の外気温を上昇させると反対します。左右のポピュリズムが、エアコンをめぐって対立している構図です。

 右翼の批判が“行き過ぎた環境規制”に向かうのはこれまでも見られた傾向ながら、左派・リベラル寄りのメディアでも、エアコンをめぐって従来の環境主義を修正すべきだとの議論が増えています。英「ガーディアン」紙は、「エアコン反対」が進歩派の立場であってよいのかを問い直します(6月19日付「Not just for rich people: the progressive case for air conditioning」)。

 ここで新たに浮上してくるのは、いわば「暑さの格差」です。前出のIEA統計において、東南アジアのエアコン保有世帯は29%、インドのそれは16%にとどまります。こうした国々でエアコン普及を進める以上、電力インフラへの大規模投資と能力拡充が必須であり、これに伴いエネルギー需要や温暖化ガスの排出の増加も避けられません。冷房を生命の必需品・権利としてとらえるならば、その普及は先進国内の左右あるいは貧富の対立にとどまらず、新たな南北問題にもつながるのです。先進国は自国で冷房の平等を謳いながら、たとえばインドに普及の抑制を求められるのかという問題です。

 もうひとつ見逃せないのが、エアコンという商品は経済安全保障にかかわる要素を強く持つことでしょう。高効率なエアコンの製造には、銅、半導体、永久磁石、レアアースなどが必要です。世界のエアコンの生産では中国が圧倒的なシェアを握りますが、米ローレンス・バークリー国立研究所は、エアコンの供給網が中国の製造力だけでなく、レアアース、シリコン、コバルト、銅などの地理的に集中した供給に依存していると指摘します。エアコンはもはや単なる「家電」ではなく、半導体や太陽光パネル、あるいはワクチンなどと同列の、国家の戦略物資なのかもしれません。

 今週は、イラン戦争が湾岸諸国の中国観に与えた影響、日本の国家情報局発足に対する中国の反応、そして上記のエアコンをめぐる国際情勢を取り上げた記事・論考などのほか、米英紙誌の夏休み読書特集を取り上げます。皆様もぜひご一緒に。

The Gulf's China Problem【Mohammed Alsudairi, Andrea Ghiselli, Aaron Glasserman/Foreign Affairs/7月21日付】

「ここ数年、湾岸アラブ諸国は、北京をこの地域における建設的な勢力として捉えるようになっていた。2023年、中国の原油総輸入量の約36%は湾岸協力会議(GCC)加盟国(サウジアラビア、アラブ首長国連邦[UAE]、クウェート、カタール、オマーン、バーレーン)からのものだった。また、2024年には湾岸諸国と中国との貿易額が3000億ドル近くに達し、欧州連合および米国との貿易額の合計を上回った。この地域の多くの政府は、北京の経済的関与が深まるにつれ、中国が自国の地域的利益を守り、地域の安定を図るために、イランの攻撃的行動を抑制する姿勢を強めるだろうと予想していた」

「しかし、この戦争は、こうした国々に中国との関係を見直すことを余儀なくさせている。この戦争に対する北京の様子見[wait-and-see]態勢や、テヘランに対する影響力を活用して紛争を封じ込めようとしなかったことにより、湾岸アラブ諸国は、近い将来に中国が重要な安全保障上のパートナーになりうるという、残っていた期待を完全に打ち砕かれた」

 米「フォーリン・アフェアーズ」誌サイトの「湾岸諸国の抱える中国問題」(7月21日付)は、「世界のエネルギー市場に甚大な被害をもたらした戦争を始めたにもかかわらず、イランの攻撃から自国を守り切ることができなかった米国に対して、ますます不満を募らせている」アラブ諸国において、“中国への期待”もまた萎んでいることを指摘する。

ニュースレターを購読する

新潮QUEは、「問う力」を養っていくためのサブスクリプションサービスです。

無料登録する