過去にほとんど例のない「大幅引き上げ」
日本医師会の現在の会員数は約17万8000人。開業医と勤務医の割合はほぼ半々である。ただし、開業医に限っての加入率は約9割と非常に高く、会長、副会長、常任理事といった執行部メンバーもほとんどが開業医だ。それゆえ、うわべではどれだけ美辞麗句を並べ立てていようと、開業医の既得権益を守ることを最重要視する団体であることは否定しようがない。
1916年に日本医師会を設立した北里柴三郎博士は「熱と誠をもて」と説いたとされるが、同会が常に最大の“情熱”を注ぐのが「診療報酬改定」だ。原則として2年に1回実施される、医師の収入に直結するイベントである。
2026年度の診療報酬改定が決着したのは昨年末。その結果は、医師や看護師らの人件費に回る「本体」部分が3.099%と、30年ぶりの大幅引き上げ。薬代の「薬価」部分は0.87%引き下げ、全体で2.22%引き上げとなった。
日本医師会の松本吉郎会長(71)は記者会見で、
「政府・与党に医療界の窮状を理解してもらえた」
と、評価したが、日本医師会の会員によると、
「やはり診療報酬改定で引き上げとなると、会長として高く評価されることになります。しかも今回は過去にほとんど例がないような本体部分の大幅引き上げとなりましたから、松本会長の権力基盤は盤石なまま。今年6月には日本医師会の会長選挙がありますが、すでに全国8ブロックの医師会のうち7カ所から推薦を受けていることもあり、このままいけば松本会長の再選が濃厚です」
しかし、今回の大幅引き上げが松本会長の「手柄」なのかと言えばそうでもないようである。
「財務省側の元々の提示は1%程度の非常に低い数字でした。そこで、1%ではもたないということで松本会長が高市早苗首相に直接要望することになったのです」
と、この会員が明かす。
「その際、松本会長と一緒に高市首相と面会したのが、首相の地元・奈良県医師会長の安東範明さんです。そこで、1%では日本医師会としては納得することができない、と訴え、さらに上げるようお願いしたわけです。安東さんは『高市早苗議員を内閣総理大臣にする奈良の会』会長でもあるので首相としても無下にできない。ですから、今回の大幅引き上げは安東さんの力によるところが大きいのです」
高市首相は昨年12月19日、片山さつき財務相らとやり取りし、本体引き上げ幅を3%台とすることを決めたという。同日、大手メディアが「3.09%引き上げる最終調整に入った」と報じている。
その2日後の21日、日本医師会の実力者二人がいたのは東京・浅草の一流料亭「茶寮一松」だった。一人は東京都医師会の尾﨑治夫会長(74)。もう一人は福島県医師会の石塚尋朗会長だ。
大幅引き上げ決定2日後のお座敷遊び
尾﨑氏に関しては、コロナ禍の際に緊急事態宣言の発出を求めて会見する姿をご記憶の方も多いのではないか。口ひげをたくわえ、白髪をオールバックにして強い口調で自説を展開するその姿は迫力十分。日本医師会という伏魔殿の奥に鎮座し、裏から権力を差配してきた重鎮である。
一方、福島の石塚氏は、
「医師会で地域医療対策委員会の委員長を務めている実力者です。地域医療対策委員会は、今後の医療政策の答申をとりまとめ、最終的に日本医師会会長に渡します。その委員長は能力がないと務まりません」(先の会員)
21日の料亭での会合には、東京都医師会、福島県医師会の関係者30人ほどに加え、元福島県医師会副会長で自民党参議院議員の星北斗氏(62)も参加。両医師会の懇談会との名目だが、診療報酬大幅引き上げ決定の2日後というタイミングのため、「祝勝会」の色合いを帯びたであろうことは想像に難くない。
その会の様子の一端が分かる動画が手元にある。
映像が捉えているのは、「茶寮一松」のお座敷らしき場所だ。黒っぽいスーツにネクタイ姿の二人の男が金屏風を背にして立っている。向かって左が尾﨑氏、右が石塚氏。二人の間にも屏風があって互いの姿は見えなくなっており、それぞれの隣に芸者が寄り添っている。左側には二人の「幇間(ほうかん)」、太鼓を前にした男と、マイクを持った男が座っている。右側には黒い着物の女性が座り、三味線をつま弾いている。
「エイヤー」という芸者の掛け声を合図に、座っている男が手拍子と三味線の音とともに声を張り上げる。
「トラトーラトーラトラ」
「トラトーラトーラトラ」
そして、3回目の「トラトーラ」が終わるのに合わせて主役の二人がそれぞれポーズを取り、互いの姿を確認する。尾﨑氏は腕を伸ばして槍に見立てた姿、石塚氏は膝を曲げて中腰になり、左手で杖をつくような格好だ。
彼らが興じているのは、「虎々(とらとら)」と呼ばれるお座敷遊びである。近松門左衛門の浄瑠璃「国性爺合戦」から誕生したもので、「和藤内の虎退治」とも呼ばれる。「和藤内」「虎」「お母さん」のいずれかのジェスチャーで、ジャンケンのように勝負が決まる。動画内の尾﨑氏のポーズは「和藤内」、石塚氏は「お母さん」。この場合、「お母さん」の勝ちだ。「和藤内」は「虎」に、「虎」は「お母さん」に勝つ。
「あーっ」
尾﨑、石塚両氏のジェスチャーを確認した芸者たちが大きな声を出す。
「お母さまと和藤内なので、お母さまの勝ち」
幇間の男がマイクで勝負の結果を伝える。負けた尾﨑氏の杯に酒が注がれるのを見て石塚氏は、
「私にもちょうだい」
それを受けて幇間が、
「やっぱり一緒が大事ですね」
と座を盛り上げる。
「それそれそれーっ」
掛け声に合わせて杯を干す二人。
「お二人はお強い、いい男」
お決まりの文句なのだろう。芸者と幇間がそう声をかけ、一同拍手。その後、幇間が尾﨑氏に歩み寄り、
「会長、誰かご指名とかないですか」
と聞いているから、お座敷遊びはそれからも続いたに違いない。実に楽しそうなのである。
しかし、どうだろう。医療崩壊や医療費膨張による財政圧迫が叫ばれる中、自分たちの「財布」に直結する診療報酬アップを勝ち取って喜び、芸者をあげてどんちゃん騒ぎ。動画に映し出されているのは、普段は決して表には出てこない日本医師会の「真の姿」と言えはしないだろうか。
「プライベートの侵害だ!」
東京都医師会、福島県医師会に取材を申し込んだところ、双方とも問題の会に芸者などが呼ばれたことを否定しなかった。当日かかった飲食費については、
〈東京都医師会と福島県医師会で按分しております。なお、芸妓・幇間は、東京の伝統文化を体験していただくため、当会役員の自己負担により手配しました〉(東京都医師会)
とのことだった。
会合に出席した当事者たちは何と言うか。議員会館で取材に応じた星参院議員はこう語る。
「私は予定があって、遅れて出席をしました。酒席で、たしかに芸者さんがいらっしゃったし、幇間さんというんですか、私も初めて見ましたけど、その方もいらっしゃって。私が着いた頃には座が和んでいる状況だったと思います」
お座敷遊びについては、
「トラトラと言って騒いでいるのは見たような気はしますが、座はある意味非常に乱れていて、私も駆けつけで飲んだので、それなりに酔っぱらっていたと思います。その手の遊びをやってるなあというのはなんとなく感じましたが、どんな遊びなのかが私にはわからなくて。“賑やかだな”“今日はこういうのなのか”“趣向をこらしてるんだな”とは思いました。到着したときは、それなりに皆さん酔っている状態だった気がします。『遅れたから駆けつけ一杯だ』みたいな感じで飲んだような記憶はおぼろげながらあります」
会費についてはこう話す。
「一人2万5000円だか、2万6000円だったと思います。福島県医師会として支払った分を人数割りにしたものを、私が後から払ったということです」
“何をやっているのか”と疑問に感じる国民が多いのでは、との指摘には、
「そう感じる人がいるのは確かだと思います。これからますます医療は厳しい状況に向かっており、物価高騰や注射器の不足といった苦境がある中で、“お前そんなことしてていいのか”とは常に自分にも問いかけたいと思います」
会の主役たる尾﨑氏はどう答えるのか。ある日の夜、都内の自宅に帰ってきた氏は酒席帰りなのか、手土産らしき紙袋を持っていた。
――尾﨑会長が映っている動画がある。
「そんなの誰があんたのところに言ったのよ。プライベートの侵害だ!」
――プライベートの問題ではない。
「じゃあどこから入手したかを明らかにしなさい!」
――それは申し上げられないです。
「じゃあダメだ!」
そこで、尾﨑氏に問題の動画を見せると苦虫を嚙み潰したような顔になり、
「それは……」
と言葉を詰まらせた。
――医療界が苦境に立たされている時に、こういうことをしていて国民に納得してもらえるか?
「それは全部私たちのポケットマネーでやってるの。医師会の金は一切使っていません」
――芸者の方々と「虎々」をして遊んでいる。
「それは遊んでるんじゃないよ」
――では何をされているんでしょう?
「そんなことは答えられないよ」
やはりやましい思いがあったのか。終始機嫌が悪く、“逃げ”の姿勢だった尾﨑氏について、
「王様みたいな人ですからね。周囲からは“なんであんなに偉そうなのか”“あの態度は何なのか”と言われています」
そう語るのは日本医師会の関係者である。