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チラン海峡二島のエジプトからサウジへの「返還」が示すもの

2016年5月11日

4月10日の未明、日付が変わってすぐに、「『チラン海峡』に架ける橋:サウジ・エジプト・イスラエルの地政学」を「中東の部屋」欄にアップして安心して眠りについたのだが、中東情勢は油断ならない。特に時差が曲者である。

日本とエジプトの間の時差は7時間あるのだが、現地の4月9日夜(日本時間10日早朝)になって、エジプトの独立紙(ただし軍部にも近い)が、スクープなのかリークなのか分からないが、その背後にあったより議論の分かれる合意を報じたのである。エジプトは大騒ぎになった。報道によれば、サウジとエジプトをつなぐ「サルマーン国王コーズウェイ」(日本的に言えば「チラン海峡大橋」)の建設を派手にぶち上げる裏で、エジプトとサウジが海上国境線の確定で合意し、それにより、チラン海峡(ティラン海峡)の二島(ティラン島、サナーフィール島)が、長くエジプトの施政権にあったが、サウジの領海に含まれると明記されたというのだ。エジプト政府も渋々そのことを認めた

チラン海峡の二島は、チラン海峡の海上交通を扼する戦略的な重要性が高く、アカバ湾にエネルギーなどの輸送を依存するイスラエルにとって死活的な意味を持つ。エジプトが1950年以来施政権を行使してきており、エジプトとイスラエルの戦争のたびに、この島をイスラエルが占領した。1973年の第4次中東戦争でエジプトがスエズ運河渡河作戦など、国民の多大な血を流してイスラエルに反撃したこともあり、1979年のキャンプデービッド合意と翌年のエジプト・イスラエル和平条約の調印にこぎつけ、エジプトに返還された。エジプトのナショナリズムにとって象徴的な意味も大きい。

しかしエジプトはスィースィー現大統領が国防相として行った2013年7月のクーデタ以来、サウジの財政支援に大きく依存している。財政支援と引き換えに、「島を金で売った」ように見えかねない合意である。かつてアラブ世界の歴然とした指導国であり、最強の軍事大国として政治外交を主導してきたエジプトが、サウジなど湾岸産油国に財政的手段を通じて抑え込まれている現実を露呈したことは確かである。エジプト・シリア・イラクというアラブ諸国の指導的な軍事・政治大国がいずれも地域への影響力を低迷させているのに対して、人口規模が小さく、軍の人員に乏しいペルシア湾岸産油国が資金力にものを言わせて台頭しているという、2011年の「アラブの春」以来の趨勢が如実に現れた形だ。……

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