ガザ紛争の引き金となったハマースによる対イスラエル越境攻撃の「10月7日」から、1年が経った。事態はどこまで進んだのか。
昨年10月2日に『Foreign Affairs』に発表されていたサリバン米国家安全保障問題担当大統領補佐官による論稿「アメリカのパワーの諸源泉(The Sources of American Power)」で示された「中東地域はここ数十年でもっとも平穏である(the region is quieter than it has been for decades)」という見通しとは似ても似つかぬ現状で、この間に失われた最大のものは中東地域における米国の威信であり、その掲げる理念への信頼だろう。これがこの地域での恒久的な米国の威信の低下に至るものなのか、あるいは現政権に限定されたものなのかはまだ分からない。
米政権が中東を安定させる影響力の低下は、政権の安定化の後に回復するものなのか、あるいはそれまでの間に現地には不可逆的な秩序の崩壊、あるいは変容をもたらすのか。「10月7日」から1周年の節目に際して、イスラエル・イランの間のエスカレーションの急激な高まりが、何をもたらすのかが、最大の関心事である。
米大統領の空前のレイムダック期
バイデン大統領自身の「米政界有数の外交通であり、イスラエル通」という自己認識が現実の前に裏切られ、イスラエルのネタニヤフ首相によって手玉に取られ続ける事態に際して、高齢も伴って修正が効かなかったという、かなり個人的な要因が関与している可能性もあり、米国の中東における影響力が長期的・恒久的に失われるとは断定できない。
ただし、7月21日に表明されたバイデン大統領の政治舞台からの不正常な退出により、次期大統領の来年1月の就任までの間の約6カ月という、異常に長いレイムダック期と移行期の存在があらかじめ決定づけられた。この世界政治における事実上の権力の空白が事前に確定されたことは、中東地域政治の不安定化を如実にもたらした。
イスラエルは7月31日のテヘランでのハマース政治局長イスマーイール・ハニーヤの暗殺、その前日のベイルート南郊でのヒズブッラーの幹部フアード・シュクル暗殺から、9月27日のヒズブッラー最高指導者ハサン・ナスラッラー他大半の幹部の殺害に至るまで、イスラエルはその敵対勢力に対する大規模攻撃を行った。これらは以前の均衡を大きく踏み外したものだった。いずれも以前から準備や計画はされていただろうが、ガザへの大規模な攻撃による壊滅状態と、「米大統領の空前のレイムダック期」という二つの大きな条件がなければ、実施に移されることはなかっただろう。
イスラエル・イランの直接対決構造の露呈
急激に進んだイスラエルとその敵対勢力の間のエスカレーションは、中東地域政治の中の対立の「本丸」としての、イスラエルとイランとの敵対関係を全面的に表面化させることになった。イスラエルとイランの「代理戦争」の段階は、イスラエルが圧倒的な軍事力と外交力(米大統領の職務遂行能力の低下の隙をつくことを含めて)によってイランの「代理勢力」の軍事力を一定期間の間、大規模に無力化したことで、イスラエル・イランの対立関係が、最後に残った紛争の淵源として、剥き出しになった。……