第3ボスフォラス大橋に冠せられた「セリム1世大橋」のシンボリズムが、アラブ世界とクルド人地域の征服であることを先ほど記したが、セリム1世のシンボリズムは「カリフ制」にも深く関わっている。バグダードで13世紀にモンゴルの侵攻によって滅亡したアッバース朝カリフの末裔ムタワッキル3世を、セリム1世は庇護の下に置いた。セリム1世の死後、ムタワッキルもやがて殺害されて本当にアッバース朝の家系が絶えた。
しかしのちにオスマン帝国は、ムタワッキルからカリフ位が継承されたと主張するようになる。領内のキリスト教臣民への管轄権を主張するロシアやフランスやイギリスに対抗する意味もあったのか、帝国の支配者であるスルターンであるだけでなく、全イスラーム教徒の指導者としてのカリフでもあるという「スルターン=カリフ制」を、帝国末期になって主張しだしたのである。そのイスラーム法的根拠は、実効支配の権は失った後も象徴的・形式的にカリフ位を継承してきたとみなしうるアッバース朝の末裔から、オスマン帝国スルターンがカリフ位を禅譲されていた、と主張するところにあった。セリム1世はトルコ人がカリフ位を正統に継承してきたと主張する根拠を作った人物なのである。
現在のトルコをめぐる情勢に目を転じて想像を逞しくすると、エルドアンがもし、シリアからイラクの「イスラーム国」の領域を支配下に置き、カリフを名乗るバグダーディーを拘束するなり殺害するなりしたとしよう。のちにエルドアンあるいはその後継者が、「トルコの大統領こそがカリフ位をバグダーディーから継承したのだ」と主張するような事態が、将来に万が一にも起こらないとは、断定できない。もちろんこれは冗談であるが、イスラーム世界の一部でまじめに語られていそうな冗談である。